天豆てんまめ

海よりもまだ深くの天豆てんまめのレビュー・感想・評価

海よりもまだ深く(2016年製作の映画)
3.7
是枝監督の自伝的要素もあるのだろうけど、大人の誰もがどこかで共感できる映画だと思う。ただ、驚くほどにドラマが起こらない。阿部寛の駄目さ加減がもう全身で溢れていて、もう駄目すぎるだろ!とツッコミたくなるが、実にいい味を出している。ギャンブル癖から抜け出せない彼が、息子と一緒にかった宝くじを元妻の真木よう子にギャンブルだといわれた時、「宝くじはギャンブルじゃない!夢なんだよ!」と叫ぶシーンは可笑しみを感じるけれど、そのロマンはよくわかる笑 そしてその後、土砂降りの台風の中、息子(彼が素朴で、目でものを語る素晴らしく自然体な演技で、心に沁みる)とタコの土管で寄り添った後、台風で飛んで行った宝くじを雨の中探すシーンが妙に胸を突く。

愛想をつかした元妻の真木よう子もこの作品ではぴたりと合っていて、探偵所所長のリリー・フランキーも相変わらずいい味を出す。元妻への未練タラタラの阿部寛に向かってリリー所長が「誰かの過去になる勇気を持つのが、大人の男ってもんだよ」と言う台詞もいい。

だけれども、やっぱりこの作品もまた樹木希林が飛びぬけて素晴らしい。どこまでが脚本で、どこからはアドリブなのか分からないそのリアルな芝居、しかも珠玉の台詞がいっぱい。その中でも特に3つの台詞が心に残った。

(父に線香を上げた後、しみじみとする阿部寛に向かって)
「いなくなった後にいくら思ったってダメよ、、目の前にいる時にきちんとアレしないと」※この作品は「アレ」という台詞がよく出てくるけど、ここの「アレ」とは、きちんと向き合う、きちんと愛する、と言う意味に解釈した。

「何で男は今を愛せないのかねぇ。いつまでも失くしたもの追いかけたり、叶わない夢追いかけたり、そんなことしてたら、毎日楽しくないでしょう」

「幸せってのはねぇ、何かを諦めないと手にできないものなんだよ」

嗚呼、もう、図星過ぎて何にも言えない。この説得力に満ちた台詞。

いつの間にか、大人になってしまった私たち。心は子供の時からそんなに変わったのだろうか。あの時思っていた大人って、もっと大人じゃなかったけ? 夢見た未来と違っても、目の前の一歩を歩いて、私たちは生きていかなくてはならない。そんな誰でもがふとした時に感じる、切ない感覚を見事に呼び起こしてくれる映画だ。ラストにかけて彼が抜け出せずにいた「なんでこうなっちゃったんだろう」の呪縛からふと解き放たれるトーンが心地よい。

そして、エンディングにかかるハナレグミの主題歌「深呼吸」がそっと寄り添ってくれる。歌詞も作品のテーマをよく表していると思う。

夢みた未来ってどんなだっけな 
さよなら 昨日のぼくよ

見上げた空に飛行機雲 
ぼくはどこへ帰ろうかな

なくしたものなどないのかな
さよなら 昨日のぼくよ

(中略)

夢みた未来ってどんなだっけな?
hello again 明日のぼくよ

手放すことはできないから
あと一歩だけまえに
あと一歩だけまえに
もう一歩だけまえに(歌詞終わり)

誰にだってある。未来への不安と、過去への後悔に板挟みになって動けなくなってしまう瞬間。そんな時には胸にそっと手を添えて、あと一歩だけまえに、あと一歩だけまえに、もう一歩だけまえに、そんな風に自分自身に呟いて、あせらず、この道を進みたい。