ひれんじゃく

ダンケルクのひれんじゃくのレビュー・感想・評価

ダンケルク(2017年製作の映画)
3.9
 ダンケルクに救助に向かう小さな民間船と、帰国したと思しき巨大な海軍の船がすれ違うあのワンシーンで息を呑んでしまった。
 重く立ち込めたブルーで全体が統一されていたり、常に静かに流れている緊張感のある音楽だったり、登場人物の表情ひとつで状況や危機を伝えたり、美術的にはいつも通りすごい映画だなあと思った。Uボートがうろうろしてるんだぞ!と叫ぶキリアンマーフィーの話を聞いて「Uボート」で悪戦苦闘してた乗組員のことを思い出すなどした。戦闘機が急降下してくる時にだすあの唸り声が駆逐艦のカーン音に並ぶくらいトラウマになった。キツい。

 ただそれはそれとして歪さを感じてしまった。ダンケルクに閉じ込められて敵兵に追われながら逃げ惑うシーンから始まり、そのあとずっと戦争が起こらなかったら存在しなかった恐ろしい体験に見舞われ続ける兵士を淡々と描いていたはずなのに、ラストで急に「俺たちの冒険はこれからだ!」感を出してくるじゃん………満員の船に魚雷やら爆弾が命中して無惨に横倒しになって沈没したり、その巻き添えになって溺死してしまったり、重油の流れる海から脱出できずに墜落してきた飛行機の巻き添え喰らって焼死したり、残酷な場面をずっと描いてきたのにあのラストの謎の力強さはなんなんだ……30万人を救えた偉業は讃えられるべきだけど、よし兵士を救った!次は徹底抗戦するぞ!絶対負けないぞ!っていう記事を読み上げながら海岸を埋め尽くす戦死者のヘルメットを映しながら帰れないままドイツ兵に捕まったファリアを映しながら希望に満ちた音楽を流すその矛盾を飲み込むことができなかった。それでいいのか?人命が救われたことは素晴らしいんだけど、それはそれとして帰ってきた兵士をまた戦場に送るような行為をあのように人間の勇気を讃えるように描写して良いのか?たられば論だしイギリスにばかり責任があるとも言えないものの、そもそも戦争をしなければ30万人の兵士が取り残されて恐ろしい目に遭わずとも済んだのではないか?
 全体的に色調や画面が美しすぎるのも私には合わなかった。美しく整えてはいけないものが戦争なのではないのか?

 ノーランは人間の素晴らしさ、力強さを描くのがうまいことは痛いほどよくわかっている。それに勇気をもらったことを何度もある。だけど戦争を題材として扱うときはちょっと考えて欲しいと今回観てて思った。頼むぞ、オッペンハイマーは違う様相を呈していてくれ。美しい映画を撮らないでくれ。
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