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天使の影のEyesworthのレビュー・感想・評価

天使の影(1976年製作の映画)
4.8
【都会に天使はいない】

スイスの名匠ダニエル・シュミット監督がライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の戯曲『ゴミ、そして都会の死』を映画化した作品。ファスビンダー自身もヒモ男フランツ役として出演している。

〈あらすじ〉
娼婦のリリーは戦後のドイツ・フランクフルトの街角に立っていた。繊細な性格で娼婦仲間から浮いていたリリーは、家に帰ればヒモのフランツに金をせびられる日々を送っていた。ある日、裏社会の大物ユダヤ人に見初められるが、徐々にリリーは破滅願望を募らせていく…。

〈所感〉
最近私が見た中では最も難解な映画。この映画を語る術が今の私には無い。けれど、義務的に言葉の果汁を絞り出す。グレープフルーツは苦手だが絞って飲むと意外と美味しい。ストーリー自体はそこまで入り組んでないのだが、ファスビンダーやシュミットが何を伝えたかったのか殆どメッセージを読み取れなかった。国家や人種、宗教の時代背景まで事前に頭に入れておかないとついて行けないのだろう。ユダヤ人に対して差別的なのはわかった。ユダヤ人≒金持ち≒悪というイメージの擦り寄せを感ずる。当時の非難轟々も当然か。搾取の構造は現代でもそう変わっていないと思うが。挑戦志向の強い彼女だが、現実の革命は失敗に終わる。冷酷な表情のドイツ人達のわかりそうでわからない観念的な言葉の羅列に困惑。終始シアトリカル(演劇的)なので今の映画に慣れていると凄く馴染みにくい。リリーが娼婦達の前を通りながら会話を繰り広げるシーンなんか訳がわからない。その娼婦の中に先程レビューしたファスビンダー『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のマレーネ役イルム・ヘルマンがいるではないか。温厚で従順なマレーネと打って変わって本作では共感性皆無の冷酷非道な女性に映り、演技の幅に驚かされる。そしてファスビンダー監督演じる娼婦のヒモ男フランツが最高だった。クズ男演じさせたらファスビンダーの右に出る者はいないのではないか。「愛しているから殴るんだ」なんてベテランクズ男にしか許されない素敵な台詞ではないか。リリーもリリーでこんな男に貢ぐのだから救えない。可哀想とも思えない。相手の弱さにつけ込んでいる時点でお互い様なのだ。金で人は救えたとしても、心は救われない。根本的に何かを変えるには生きる場所を変える他ないのだろう。この時代この都市はあまりにも閉鎖的で退廃的すぎる。退廃美なんて言葉は100年以上の月日が経ってようやく許される表現だと思う。戯曲としては完璧に近いが、映画としては破綻すれすれだ。戯曲は会話劇なのでそれっぽい言葉が軒を連ねるだけで良しだが、映像の裏付けにより、ある程度の理解と共感が求められる映画である必要はそこまで感じない。それでも見入ってしまうのはカメラワークが素晴らしいから。タイトルにある天使の影くらいはチラッと見えたが、天使そのものはやはりこの地上には存在しない。だからこそ人は姿形の無い天使に希望を捧げる。復活の時を待ちましょう。

「都会は冷たいんだ、そこで人が凍えるのもむべなるかな。なぜ奴らはこんな都会を作るんだろう。」
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