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パターソンのnetfilmsのレビュー・感想・評価

パターソン(2016年製作の映画)
4.3
 ニュージャージー州パターソン市で、バスの運転手をしているパターソン(アダム・ドライバー)。彼の1日は定刻に起きるところから始まる。キングサイズのベッドに枕を二つ並べ、いつも傍らには彼の妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)が眠る。テーブルに置いた時計で時刻を確認するのが彼の癖で、1人寂しく朝食のシリアルをゆっくり口に運ぶ。夫婦はまだ子供がおらず、妻は自由気ままに創作活動に励んでいる。バスの運転手の仕事というのは、定刻通りに目的地に着いて、また新たなお客様を乗せなければならない。常にオンタイムが要求される仕事で、彼の毎日は淡々とした日常を刻んで行く。だが同じような日常でも、一度たりとも同じ出来事は起こらない。キングサイズのベッドの上、背中合わせに眠ることもあれば、相手の呼吸を感じながら目覚める朝もある。妻のローラがパターソンよりも早く目覚める朝もある。淡々とした日常は反復しているように見えて、そこに僅かに見られる差異をしっかりと浮き上がらせる。パターソン市に住む市井の人々のなんて事ない1週間は、『ストレンジャー・ザン・パラダイス』で病気になった叔母の家から従妹のエヴァ(エスター・バリント)がやって来た10日間や、『ミステリー・トレイン』でジュン(永瀬正敏)とミツコ(工藤夕貴)がメンフィスに滞在した数日間と決定的に違う限定された時間に過ぎない。

 旅行者たちは普段は決して立ち寄らない異空間・異文化をカルチャー・ショックを持ちながら受け止め、時間を消化して行く。一方でバスの運転手であるパターソンの日常は例えば双子の子供が生まれたりするかもしれないが、これから定年退職を迎えるまで、未来永劫変わらない。その時間の流れはグレートフォールズの滝の流れが絶対に逆流しないことに似ている。パターソンはその不可逆な時間の流れを書き留めようと秘密のノートに詩を綴る。午前中、脳内で何度も推敲した言葉を彼はランチの後にノートに記す。バスの乗客の何気ない会話、ブルドッグの散歩の帰りに一杯だけ呑むBARで次々に起こる出来事、そして心落ち着けるマイホームでの妻とのやりとり、壁にかけられた額縁の微妙な違い。パターソンは決して饒舌ではないが、彼の表情は何よりも豊穣に言葉を綴る。妻にねだられたアコースティック・ギター、移民の妻の手作りのスウィーツのイマイチな味に男は癇癪を起こすことなく、ただ妻の言葉にじっくりと耳を傾ける。ウィリアム・ジャクソン・ハーパーやバリー・シャバカ、メソッド・マンなど登場人物たちのクローズ・アップと豊穣な語り口がいちいち素晴らしい。思えばジャームッシュの作家性は『パーマネント・バケーション』の頃から本当にブレない。ストーリー・テラーではなく、映像詩を紡ぐジャームッシュ独特の無常感、複雑な構造をスピーディーに矢継ぎ早に繰り返す昨今のジェットコースターのような映画とは対照的な、シンプルで拍子抜けするような朴訥とした物語を味わう傑作の誕生である。
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