氷雨水葵

DARK STAR/H・R・ギーガーの世界の氷雨水葵のレビュー・感想・評価

4.5
2022年リライト14本目

「誕生」「生殖」「死」それこそが彼のテーマだ

◆あらすじ
スイス・チューリッヒにあるH・R・ギーガーのアトリエ兼自宅。敷地内は鬱蒼としており、玄関の扉にたどり着くまでに、庭なのか雑草なのか境界が曖昧だと感じるほどだ。そして、玄関の扉を開けるとそこには、見る者に強烈な印象を植え付けるギーガーの作品たちが広がっていた。たくさんの本や紙の束、なにに必要なのか分からないものまでが所狭しと乱雑に置かれている。足の踏み場もなく、湯浴みをするための浴槽には人間の身長より高く書籍が積まれていたのである。

ギーガーは一つの頭蓋骨を手に取る。6歳のときに父親からもらったものだ。彼は「恐怖を覚えた」と言う。自分の小さな手の中に''死''が存在したからだ。

ギーガーは感受性豊かで、人間の魂に誰よりも深く分け入ることができ、その最も深いところを描くことができる。これは、そんな彼の生涯に迫るドキュメンタリー。

◆感想
リドリー・スコット監督『エイリアン(1979年)』に登場するクリーチャー、エイリアンの生みの親H・R・ギーガーの生涯に迫るドキュメンタリーです。ずっと前に本作を観たのですが、そろそろエイリアンの日(4/26)が近づいてきているので予習。

何度見ても圧倒されるギーガーのアトリエ。ギーガーの作品であふれ、書籍や紙の束が乱雑に置かれていてもそこにはロマンが詰まっているんだと感じさせてくれる空間。ギーガーという人間を形作った不安や恐怖、トラウマがそこら中に充満していてまさに''カオス''としか言いようがない。でも、それがあの「エイリアン」を生み出すきっかけになったのだと思うと、個人的には涙が止まらないです。

子どものころにはじめてエイリアン(作品もクリーチャーも)に出会って、これは本当に''究極生命体''なのだと感じました。口のなかにもう一つ口があり、特徴的な頭の形、長く鋭利な尻尾、触れたものを溶かす酸の体液などなど、ギーガーのトラウマから生まれたクリーチャーは、リドリー・スコット監督やスタッフたちの手によって生を得た。一目見たら忘れられないほどのインパクトを放つ不気味な造形。子どもながらに「美しい」と感じたことを覚えています。

今作では映画『エイリアン』について多くは語られなかったものの、リドリー・スコット監督のインタビューや、『エイリアン』1作目の撮影セットの様子などが収録されています。
「人間の魂に分け入る」とはうまく言ったもので、ギーガーは恋人の死やさまざまな恐怖を体験し、それを自分の作品として具現化しています。そして、彼がテーマとして挙げている「誕生」「生殖」「死」という3つのテーマ。

繊細かつグロテスク、そのなかにエロティシズムもあって、最後は''死''へ。ギーガーの造形が話題となった『スピーシーズ』シリーズが分かりやすいかも。世界で最も美しいエイリアンと言われた、ナターシャ・ヘンストリッジ演じるエイリアン「シル」。シルの誕生から生殖、ラスト死までを見事に描いています。
『エイリアン』ばかりに意識が向きますが、今作『DARK STAR/H・R・ギーガーの世界』でも、ほんの少しだけ「シル」という単語が出てきます。

ギーガーは自分の死が近いと感じていたのかな。序盤は呂律が怪しいただの画家おじさんだったのですが、少しずつ生気がなくなっていってるような気がしてならなかったです。編集の仕方もあると思うのですが、ギーガーが外の世界に出てこのまま光のなかに吸い込まれていくのではと。

私が愛して止まないエイリアンの生みの親H・R・ギーガー。美しくも強烈なインパクトを与えるクリーチャーは、偉大な画家によって生み出されていたんですね。ギーガーの頭の中を垣間見ることができる至極のドキュメンタリーです。

2014年5月12日永眠
どうか安らかに
氷雨水葵

氷雨水葵