トムヤムクン

オールド・ジョイのトムヤムクンのレビュー・感想・評価

オールド・ジョイ(2006年製作の映画)
4.5
高速道路の建設が進みながらもどこにも行けずパッとしない人々を描いたデビュー作の『リバー・オブ・グラス』は,車を手に入れた女が渋滞気味の高速道路をノロノロ進むラスト・カットにおいて,異性愛カップルの成立という予定調和をゆるく射殺した女が一人旅立つという個人主義的なフェミニズムの解釈が可能なものだった。デビュー作ではかろうじて残存していたように見えるフロンティア・スピリッツは本作において,森も都会も同じだという幻滅と,ネオンの光で退屈を誤魔化す街の風景に戻らねばならないという諦念により相対化されている。持ち家,結婚,父親としての立場など,伝統的ハリウッド映画のヒーローが冒険の末に手に入れてきた男の勲章を,カートはプロットの初めの時点で既に手に入れているが,異性愛的な幸福のナラティブの必ずしも円満ではないその後の時点が本作の旅の始点となる。昔話に花を咲かせようにも,共に過ごさなかった時間の積み重なりによって隔てられてしまった互いの身の上の寂しさを思わずにいられない。体感時間も緩やかになる温泉シーンは見るサウナといった趣で,ホモエロティックな官能を漂わせた映像が美しいからこそなお一層,哀切感を胸に残す。
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