Inagaquilala

エル ELLEのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
4.0
被害者も加害者もないという設定は嫌いではない。とくに男女の愛憎の場合、黒白つけるのは無粋の極致。今年、78歳の監督のポール・ヴァーホーヴェンは、そのあたりしっかりと心得ているのだろう。しかも、舞台はパリ。名にし負う「恋の都」なのだ。なにが起きても不思議ではない。

ゲーム会社の女性社長であるミシェルは、突然、自宅に侵入してきた覆面の男にレイプされる。過去の暗い記憶を背負う彼女は、警察に通報することもなく、いつものように生活を続ける。会社では新しいゲームの開発が続けられており、彼女は進行をめぐって部下と対立する。そんななか全社員に中傷メールを送られたミシェルは、犯人は会社内部にいるのではと考え、彼女を慕う若手社員に密かに犯人調査を依頼する。

前半はミステリー仕立てで展開するこの作品だが、犯人は実に意外なところから現れる。しかし、この作品の肝は、むしろそこから始まる。並行するように、主人公ミシェルの背負う過酷な過去も徐々に明らかになり、物語はミステリーの方向から、ディープで特殊な恋愛模様へと発展していく。この核心への導入は実に水際立っている。手練れのポール・ヴァーホーヴェン監督ならではのものだろう。

重層的に連なる物語の中から立ち現れるのは、人間の中に潜む善悪のつけがたい不可思議な衝動であり、本質である。ミステリーの形をとりながら、深い人間の業にまで斬り込んでいく作品。一般的には共感できる人物がひとりも登場しないとか言われるのだろうが、だからこそこの作品には価値がある。エンターテインメントの要素も盛り込みながら、いわく言いがたい心に錘を垂らすような作品をつくりあげたポール・ヴァーホーヴェン監督に拍手を送りたい。

60歳を過ぎて、なおもチャレンジングな役どころを演じるイザベル・ユペールにも脱帽。第74回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞、第89回アカデミー賞でも主演女優賞にノミネートされたのも十分にうなづける素晴らしい渾身の演技だ。
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