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ウインド・リバーのmのレビュー・感想・評価

ウインド・リバー(2017年製作の映画)
4.9
「ボーダーライン」や「最後の追跡」といった異様な力漲る傑作の脚本を手掛けてきた脚本家テイラー・シェリダンの監督デビュー作。
これまでの彼の脚本を監督してきたドゥニ・ヴィルヌーブやデヴィッド・マッケンジーら鬼才監督達と比べると監督としてのテイラーの手腕はパワーが若干弱く(だが決して悪くはない)、更に撮影があまり良くないのも作品の足を引っ張る。
しかし多少の弱点をものともせずに今作が「ボーダーライン」や「最後の追跡」と比べても充分素晴らしいのは、前述2作は凄惨で辛い現実社会の地獄を俯瞰的に見つめるどこか冷徹な作品だったのが、今作が現実社会の地獄と相対して強く生きる人々に寄り添う、より熱い血の通った作品である事が大きいと思う。より怒りや哀しみ、慈しみといった作り手の人間的な感情が前面に出ていてそれが素晴らしかった。


ネイティブ・アメリカンの保留地での性犯罪という、これまでスポットライトの当たらなかった過酷な現実に光を当てた事に大きな価値がある。
アメリカの負の歴史の結果として、誇りも歴史も奪われてどうしようもない荒れ果てた土地に追いやられながらも耐えて生きるネイティブ・アメリカンの人々。そしてこの地に流れてきた白人達。それぞれの苦しみや人生が厳しくも慈しみを持って描かれていて、胸に迫る。


『強い娘だ』という台詞(何度か繰り返されるこの台詞は実は英語では少し違う表現になっているので、字幕だけでなく音声にも耳を澄ませてみるとより理解が深まる)に顕著なように、事件の犠牲になった女性達に心を寄せる事がもう1つの大きな軸になっている。
最初はまた「ボーダーライン」の主人公のようか感じの邪魔者扱いか・・と不満に思っていたヒロインも物語が進むにつれて人物像の見え方が変化していく。
強い魂を持ちながらも犠牲になってしまった女性、最初は態度が悪く慣れない感じだったが実際はちゃんとプロで徐々に慈しみと生存本能を発揮していく女性。『戦士』として生き抜く彼女達をテイラー監督が敬意と尊敬の念を込めて描いているのが素晴らしい。



不意に生死が決まる銃撃戦の鋭さもお見事!弛緩した瞬間から突然始まりすぐに終わる、死にそうでなかなか死ななかったりと妙なリアリティがある。
死ぬ人間がちゃんと相応しい死に様を迎えるのも良い。罰せられるべき人間が罰せられない世の中なのだから、せめて映画の中くらいはと罰をきっちり与える姿勢はもちろんエンターテイメント性を意識もしているだろうが、作り手の怒りが強く反映されている感もあってそこに惹かれる。


俳優陣は隅々まで素晴らしく、中でも主役のジェレミー・レナーは過去最高の演技。この人にしかできない役だった。
実際の現地の一般の方も混じっているというネイティブ・アメリカンの人々も人生や生活が滲み出ていて良い。エリザベス・オルセンも適役。
そしてジョン・バーンサルはこういう感じが本当によく似合う。犠牲者役のケルシー・アスビル(彼女も素晴らしかった)共々、短いシーンで強く切ない印象を残していく。


死んだ少女達の無念や呪い、この土地に積もった積年の哀しみと怒りをそのまま体現するような音楽の独特さも作品の力になっている(やや曲数が多過ぎる気もしたが)。





少年時代に実際に保留地の近くで暮らしていた事があったという監督、もしかするとこの言葉を彼女に言ってあげたかったのかもしれないなと思う。鎮魂歌のような映画だった。
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