はじめ、フィクションかと思った。
ソニータさんの日常でカメラを回すことに違和感がないくらい、作り手とソニータさんの間に壁がないのかなとか、そんな気がする。
ソニータさんの輪郭(ラッパーになって彼女が訴えたい思い)は明確で、とても美しく、彼女が発信した音楽もビデオもとてもかっこいい。
この映画において、カメラは理不尽の波が怒涛に押し寄せる現実に直面するソニータさんを捉えるだけでなく、彼女の人生をempowerする武器になった。
ドキュメンタリー映画の中で、カメラの前で人権が奪われようとしているとき、作り手が犠牲になろうとしてる人の人生を救うという選択はタブーじゃないのだと、思わされた。
どんな場面においても、人権の奪取は見過ごしていい犯罪ではないのだ。
ソニータさんはもちろん、ソニータさんをempowerする先生や監督など、外から手を差し伸べる方々がとても素敵だった。見習わなくてはならない。