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午後8時の訪問者のnetfilmsのレビュー・感想・評価

午後8時の訪問者(2016年製作の映画)
3.8
 白髪混じりの老人の、シミだらけの大きな背中に聴診器を当てる1人の女医ジェニー(アデル・エネル)の姿、彼女は一通り呼吸の音を聞くと、横にいた研修医ジュリアン(オリヴィエ・ボノー)にも聴診器で患者の呼吸の音を聞かせる。気管支炎か喘息か診断出来ないジュリアンは動揺し、仕事ぶりも精彩がない。町の小さな診療所で熱心に働く若き女性医師は、人気だった医師の後任の仕事が決まっていたが、研修医のジュリアンは路頭に迷っていた。診療時間をとっくに過ぎた午後8時に鳴ったドアベルにジェニーは応じなかった。その翌日、診療所近くで身元不明の少女の遺体が見つかったらしく、監視カメラの映像を借りようと刑事が来ていた。少女はいったい誰なのか? 何故死んでしまったのか? ドアベルを押して何を伝えようとしていたのか?あふれかえる疑問の中、ジェニーは亡くなる直前の少女の足取りを探るうちに危険に巻き込まれていく。

 今作のジェニーは町の医者でありながら、とにかく忙しなく動き回る。老人ランベールを診察したかと思えば、少年ブリアンの主治医として彼を見舞う。彼女にとって研修医のジュリアンも悩みの種である。車の運転をする時も、忙しなく彼女の携帯は鳴り続け、彼女の患者の容体は常に安定しない。ただでさえ忙しいヒロインは、しかし午後8時の訪問者のドアベルに応じられなかったことを激しく後悔する。彼女はいったいどんな思いでドアベルを叩いたのか?『イゴールの約束』のアミドゥ(ラスマネ・ウエドラオゴ)とは違い、身元すらわからない女性の遺体に女医の心は打ち震える。だが医師としての仕事の忙しなさの合間を縫い、正義感と強い義務感で始めた遺体の身元探しは困難を極める。患者の1人の少年ブリアンの反応から彼が少女を知っていると感づいたジェニーは、そこから少しずつ少女の素性に迫っていくが、様々な酷い目に遭う。

 それでも彼女は実直に真実へと突き進む。名もなき少女の死を受け入れきれない医者は、ベルギーだけでなくEU全体に蔓延する移民問題をも浮き彫りにしながら、死体の声に耳を傾ける。ブリアンの父(ジェレミー・レニエ)やランベールの息子(オリヴィエ・グルメ)といった一癖もふた癖もあるダルデンヌ兄弟組の常連俳優を要所に配しながら、1分足りとも歩みを止めないアデル・エネルの眼差しの強さが一際印象に残る。またしても固定カメラから持ち替えた手持ちカメラの味わい、一切の音楽を付け足さないダルデンヌ兄弟の真摯な姿勢、ミステリーの王道を外れ、意図的に説明を配したクライマックスの余韻まで、全てのバランスが熟考され、吟味されている。
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