おーたむ

わたしは、ダニエル・ブレイクのおーたむのレビュー・感想・評価

4.8
また久しぶりに映画を見ました。
このまま見ずにおいておくのはもったいないなと感じる映画は、ちょっとずつ見ていこうかと思いまして。
見ずに死ねるかってやつですね。
で、借りたのが本作でした。

お役所仕事、すなわち国の仕事による怠慢や不条理に対する怒りの映画です。
あるいは、「貧困」や「格差」といった単語を以て理解した気になり、実際に苦しんでいる個人には無関心な、すべての人への問いかけのような映画とも。
すごかったです。

あらすじをざっくり言うと、心臓疾患で大工の仕事にドクターストップを受けたダニエルは、失業手当の給付申請を突っぱねられ、かわりに求職手当で繋ごうとするものの、デジタル申請のみしか受け付けない制度や求職活動の証明に苦労し、ついには給付を止められ…という流れ。
展開だけ書き出しただけでもつらいですが、そのつらさがシーンごとにエグいぐらいのリアリティで描かれているので、まあつらいのなんの。
特に、ダニエル同様にお役所仕事のせいで不利益を被ったことが縁で、ダニエルと交流を深めていくシングルマザー・ケイティにまつわるエピソードの数々は、悲壮と言ってもいいぐらいのつらさです。
自身の食事を削ってまで子どもたちに人並みの生活をさせようと苦心する彼女が、生活の維持と引き替えに、自身の尊厳をどんどんと放棄せざるをえなくなっていく様子は、正直、正視に耐えませんでした。

ダニエルの方は、こういった行政の不作為に対しての憤りを表現した登場人物であり、彼の発する言葉や行動は、作品のところどころで痛快さを提供してくれます。
が、そんなダニエルもまたケイティのように、役所の絶望的なまでの非人間性によって打ちのめされていくんですよね。
うーん、つらい。
この、ザ・お役所仕事の描写は、困窮者を救う目的で作られたはずの制度がむしろ困窮者を切り捨てていることの矛盾や、目の前にいる人間に向き合えていない職員の(あるいはすべての人々の)意識の劣化が、とても分かりやすく描かれていて、上手いなと感じました。
まあ、描写の素晴らしさ以前に、職員のあまりの鬼畜っぷりに脳が焼き切れるぐらいムカつくシーンでもあるんですけど。
お前らの仕事はいったい何なんだ。

という具合に、ローチ監督のスタンスは、首尾一貫してこんな感じです。
ニュートラルな視点のままぶれることがなく、登場人物たちを安易なご都合展開で助ける…なんてことが全然ありません。
だから、ぶっちゃけ終始つらいです。
暗すぎも重すぎもしないけど、つらい。

しかし、だからこそ本作は、強靭なリアリティを宿した、極めて力強い作品になったのだとも思います。
つらいつらいと連呼しましたが、決してつらいだけの映画ではなく、どれ程の苦境にあっても、歩み、挑み、生き続けることをやめない人間の姿の、気高さや美しさを描いた傑作です。
そして、作品を見ている私たちに、強く問うてくる作品でもあります。
「彼らのこんな姿を見てもなお、あなたたちは彼らを見殺しにするのか?」と。
抑制されたトーンながら、圧倒的なまでのパワーで見ている者の心にぶっ刺さる、すごい映画、素晴らしい映画でした。
見てよかったです。
おーたむ

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