静かな鳥

レッド・スパローの静かな鳥のレビュー・感想・評価

レッド・スパロー(2017年製作の映画)
2.9
ロシアの寒々しさを肌で感じさせるような低体温な映像。無機質さが強調された建造物のロケーション。バレエのステージや養成施設の講堂、雪野原を進む車など"「社会主義」の均整"を想起させるシンメトリーに拘った画面構成。思惑を読む/読まれる、という徹底的な心理戦において無表情を貫く登場人物ら。
そういった要素一つ一つが、このスパイ映画の濃密さ、ハードさをより強固なものにしているのではないか。

ドミニカとナッシュをカットバックさせていくアバンタイトルは、その白眉だ。右にドミニカがいれば、次のカットでは左にナッシュが。ナッシュが右を向いていれば、ドミニカは左向きに…とお互いの「鏡像関係」を思わせる編集は巧み。ナッシュが右向きに走るショットから、ステージ上を右向きに躍り出るバレリーナ達に繋げたり、と空間を超えたような視線・動作の交差が物語のミステリアスな雰囲気を掻き立てる。

また、ドミニカが任務でブタペストにいる際にアパートに帰ってくるのを「犬が吠える」という視覚ではないモノで示したり、彼女の叔父が上司の部屋に入る時に、毎回似た画角で扉を開けるショットを撮ったりと「反復」のイメージを植え付ける演出。そして、その繰り返しが崩壊する瞬間が来る。不穏を煽るようにいつもと違い犬が吠えなかった時、彼女の同居人であったマルタは風呂場でどうなっていたか。上司へ報告の度に部屋に入っていた叔父は、終盤扉を開けるとどのような末路を迎えたか。

ドミニカの最初の殺人シーンで、画面全体を覆う湯気の中から2人の身体が…とかシネスコの横長を最大限利用した撮影も良い。終盤の多種多様な拷問も、恐ろしいながらも観客の目を離させない。ロシアとアメリカの駆け引きに重点が置かれた話にも関わらず、国家間という大きな枠組みではなくドミニカという個人にフォーカスを当てているのも新鮮な気がした。

養成施設での訓練シーンは、その異様な空気感とかシャーロット・ランプリングの教官の醸す只者じゃなさとか、緊張感に満ち満ちていて素晴らしい。次第に仮面を被ったように表情をなくしていくドミニカの押し殺していた感情を、瞳で表現するジェニファー・ローレンスの演技も良かった(でも、その垣間見える感情自体が罠なのか?)。
加えて、『ザ・ギフト』に引き続きジョエル・エドガートンの得体の知れない感じが、スパイ役に非常にマッチしていた。

上に挙げたような魅力や技巧に凝らされた本作だが、ストーリーが進むにつれて凡百なスパイ映画へと変わっていってしまうのが惜しい。養成の場面まで生かせていた所謂「ハニートラップ専門のスパイ」という独自の要素が、後半あまり上手く使えてないと思う。古今東西様々なスパイ映画が存在するいま、定型的な「騙し/騙され」になってしまうのは仕方がないのかもしれない。しかし145分の長尺のなか、観客を魅了する物語の牽引力を本作が持ち合わせているのか。自分は否と言わざるを得ない。
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