静かな鳥

ジョジョ・ラビットの静かな鳥のレビュー・感想・評価

ジョジョ・ラビット(2019年製作の映画)
3.7
【試写会にて】
反戦映画と一言で言えどその切り口は千差万別だが、本作は緩やかなユーモアと風刺がふんだんに盛り込まれたハートフルコメディとしてパッケージングされている。第二次世界大戦下のナチス・ドイツに暮らす10歳の少年ジョジョ。ナチズムに盲目的に傾倒し立派な兵士になろうと奮闘するが、ユーゲントキャンプでは周囲から理不尽に揶揄われ、今日もイマジナリーフレンドのヒトラー(!?)に励まされる。そんな彼の小さな世界の片隅にある日常から、「戦争」の一面を浮かび上がらせる寓話のような物語。

第一に、本作特有のポップさを醸す一因になっているのは特徴的な画面の色使いだろう。ドイツの街並み・美術・衣装のお洒落な色彩設計と引きのショットの切り取り方は、ウェス・アンダーソン作品をかなり彷彿とさせる(序盤の訓練シーンとか特に)。本作では「ドイツが劣勢である」ということが早いうちに提示されているが、強き母国の勝利を信じてやまないジョジョの目から見る世界はまだ辛うじて色鮮やかなのだ。

ヒトラーに心酔する市井の人々の記録映像を、とある楽曲に合わせて編集したオープニングクレジットに端を発して、アイロニカルな笑いをそこ彼処に織り込みながら話は進むが、基本的にジョジョの日常は穏やかな筆致で描かれる。だが、その糖衣の内側には当然悲惨な戦争の陰が蠢いており、さりげない台詞やサラッと流されるシーンの端々からその暗闇が見え隠れして、逆に際立つ。
青少年団ヒトラーユーゲントの子どもたちは、幼い頃からユダヤ人は下等な人種だと頭に刷り込まれ、数多の武器の使い方を身体に叩き込まれ、「さぁ本を燃やしましょう!」と言われれば無邪気に焚書をする。教育と洗脳の境界は何なのだろう、と考えてしまう。そして戦況が悪化した際、戦場に駆り出されている兵士らに代わって、本土防衛を任されたのがユーゲントの子どもたちであったという事実。そういったおぞましい現実とユーモラスな作劇のバランス感覚が上手い。

加えて本作最大の強みは、魅力的なキャスト陣に他ならない。まずは、主人公ジョジョを演じたローマン・グリフィン・デイビスの愛らしさ! あの舌足らずな話し方といい、ひたすらに健気で可愛らしく、また後半では彼の表情一つで大きな成長が感じられる。そんなジョジョが出会うユダヤ人少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)とのやり取りは終始微笑ましく心地いい。"手紙"を巡るシークエンスが好き。ジョジョの"第二の親友"ヨーキーくんも最高。もっとヨーキーくんとジョジョのシーンが見たかった。
そんな子どもたちを取り巻く大人の面々もニクい。先週観た『マリッジ・ストーリー』に引き続き、スカヨハの母親役が絶品。奇妙な偶然だが、彼女はまたしても"靴紐を結んであげる人"としてそこに居る。なんたる符号の一致! また本作は、『スリー・ビルボード』と同様"サム・ロックウェル案件"でもある。出番は少ないが、ゲシュタポ捜査官(スティーブン・マーチャント)の異様な背の高さから齎される絶妙な薄気味悪さと威圧感とかも良い。
ヒトラー("少年の空想上の友人としてのヒトラー"という脚注付き)を監督・脚本のタイカ・ワイティティ自ら演じていて、彼の芸達者ぶりも窺える。ユダヤ系の血を継ぐ彼がヒトラーに扮するのもこれまた皮肉的。ただ、物語においてこのキャラがあまり上手く機能していると感じられなかったのは残念。話の進行につれ出番の比重が減ると、「ジョジョの心境の変化を示す」ギミックとしてしか役割を果たさなくなってくる。茶化しだけの出オチに近い。あと、終盤一気に物語が収束していくが、そこまで周到に畳み掛けるんなら"ウィンク"の件も回収すりゃいいのに、という小さな不満もある(もしかしたら俺が見落としただけかも)。商業上仕方のないこととはいえ、「ドイツ人が英語喋ってる」問題も少なからず引っかかってしまう。

後半にかけて露わになるメッセージは、小っ恥ずかしいほどにどストレートで全く衒いがない。とてもシンプルなテーマがダイレクトに伝わる。個人的には『まぼろしの市街戦』のようなエスプリが前面に効いた映画を想像していたので、そのあまりのピュアさ及びソツのなさには戸惑いと物足りなさもある。どこか一つでも突き抜けた部分が欲しかったと思うのは無い物ねだりでしょうか。しかし、この風通しの良さと射程の広さこそ今求められているものなのだ、ということも理解できる(似た観点から、本作は昨年の『グリーンブック』に近い精神を感じた)。こんな時代だからこそ、多くの客層に届く物語の飛距離を獲得することは重要な課題であり、本作はその要求に真摯に応えた。そういう意味で、これからを担う「子ども」が主人公に配されているのも実に象徴的。作り手のやさしく切実な眼差しは、彼らにこそ向けられている。
靴紐を結び(無論"蝶"結び)、ドアを開け、少年は一歩前へと踏み出す。気づけば足はステップを踏んでいる。思うがままに、軽やかに。
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