静かな鳥

街の上での静かな鳥のレビュー・感想・評価

街の上で(2019年製作の映画)
4.9
なんでこんなに心地いいんだろう、愛おしいんだろう。大好きだな、幸せだな、終わらないでほしいな。そう思いながらスクリーンを見つめていた。とにかくあまりに好きすぎて、あの時感じていた愉しさをまだ身に纏っていたくて、この溢れ出てくる感情をどうやって言語化したらいいのか分からなくて、あわあわしている。どうしたものか。

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先週の日曜(10.13)、下北沢映画祭にてお披露目された今泉力哉最新作。もともと映画祭の方からのオファーを受けて作られた映画ということもあり、オール下北沢ロケ。下北沢という街と、そこに生きる若者たちの物語。

130分間、ずっと愉しくて愉しくてたまらなかった。何気ない日常をラフなスケッチの如く描出しながらも、らしい会話と間(ま)の取り方のセンスは過去作以上に磨きがかかり、随所に散りばめられたユーモアの数々には思わず口元が緩む(こういう細部のおかしみの点描は、共同脚本を務めた漫画家・大橋裕之の存在も大きいのだろうか)。衣装と私服、青と白、青と雪、恋人と友人(or友達)。揺蕩うようなシークエンスの連なりに、穏やかな笑い声で包まれた場内のやさしい空気感が合わさり、ささやかながらも至高の時間を過ごした気分。

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頭の中でぐちゃぐちゃにこんがらがった"好き"という感情の行く末を見つめ続けてきた今泉監督だが、本作ではもっとストレートな「誰かが誰か(及び何か)に想いを伝える」というアクションの波及にも着目していたように感じる。この辺りは『アイネクライネナハトムジーク』以降の今泉力哉だな、と。

キャストについて。まず第一に『愛がなんだ』のナカハラ君こと、主演・若葉竜也の素晴らしさですよ。ぼさっとした髪の毛。ちょっとした瞬間のチャーミングな挙動と発話。1人でいる時、ふと瞳に宿る仄暗さ。ナチュラルな佇まいが下北沢の街にすっと馴染んでいる。
そして毎度毎度のことだけど、今泉作品に出てくる女優陣のかわいさたるや! 何なんですかもう。これ以上ないほど魅力的に被写体とその距離感を切り取る撮影・岩永洋の手腕が冴え渡る。穂志もえかと萩原みのり(『お嬢ちゃん』が観たい…)がしみじみ良い。また、観た人なら絶対言及したくなるのがイハ役の中田青渚であるのは間違いない。青(若葉竜也)とイハが卓を挟んでゆるゆると会話するあの長回しシーンのなんと幸福なことか。俺もあんな友達がほしい(無理)。関西弁女子に万歳。役者といえば、まさかの"あの人(情報解禁されたが、一応名前は伏せる)"が初っ端から登場するのにも驚き。

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とにかく面白くて、何度も笑って、でも同時にじわじわと痛切に切ないのは、こんなにも楽しい時間、登場人物たちの関係性とそこから醸成される会話の一つ一つが、残酷にも"一過性"と背中合わせなのを誰もが心の何処かでは知っているから。目の前にあなたがいる「今」は、瞬く間に「過去」へと姿を変え、掌から砂のように零れ落ちてしまう。それでも(だからこそ)今泉監督は、たしかにここに存在している(していた)「今」をその温もりごとフィルムに収めようとする。

人は変わり、街も変わりゆく。街の上で人は軽やかに交錯して、また別々に歩みを進めてゆく。緩やかに変容するシティライツ。その連綿の中で生み出されるものと消えゆくもの、そして残り続けていくもの。街を土壌に育まれた数多のカルチャーは、人から人へと伝播を続ける。此処にはたしかに何かがあった、誰かが間違いなくいたのだ、という"存在"の証拠。いないけど、居る。居るけど、いない。今はもういないあの人の声も受話器を耳に押し当てれば聞こえてくる。

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上映当日。台風一過でまだ交通機関も乱れているだろうと思い、余裕をもって家を出たら案外早く現地に到着してしまった。下北沢に来るのは初めてだったこともあり開場までの間、街中をぶらぶらと何の気なしに歩く。すると、やはりと言うべきか劇中においても、今さっき自分が通りかかったばかりの場所がさらっと映し出される場面が何度かあった。つい数時間前目にしていた街並みの中に登場人物たちがいる、という事実。下北沢に馴染みもへったくれもないのだけれど、その瞬間はなんだか嬉しくなる。そういう小さな"人と街の繋がり"。街の記憶と、そこに根差す人の記憶。鑑賞後、ホールから街に出るとふと思いを巡らせてしまう。あの通りの向こうの古着屋で青は本当に店番をしていて、いつものようにカウンターで本を読んでいるのかもしれない。古書ビビビには田辺さん(古川琴音)がいるのかもしれない。スクリーンの中の彼らには、たしかに体温が感じられた。体温は、存在と同義だ。いないけど、居る。居るけど、いない。多分そういうことなのだと思う。

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今は本作との出会いに感謝したい。「どう言語化したらいいのか分からない」とか言いつつ書き上げてみれば結局長文だし、しかも微妙にまとまりのない感じになってしまったが、自分が本作を大好きであるということが伝わればそれだけで嬉しいなと思う。制作に関わった方々、この映画を撮ってくださり本当に本当にありがとうございます。舞台『街の下で』も楽しみです。何よりもまずは(まだ劇場公開時期が未定だけども)これからこの作品が、遠く向こうの街の上にまで、たくさんの人へ届きますように。