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ムーンライトのsatoshiのレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.4
 巷で大人気の「ラ・ラ・ランド」を抑え、アカデミー作品賞に輝いた作品。何かそのせいでやたらと「ラ・ラ・ランド」と比べられている気がしますが、確かに見方によっては対照的な作品でした。

 本作はある黒人男性の人生を3章立てで描いています。しかしそれは、「ラ・ラ・ランド」のように「自分の道で成功した」人生ではなく、「そうなるしかなかった」人生です。

 第1章「リトル」で、主人公はチビでゲイという事で苛められ、母親は麻薬にはまり息子の事を気にもかけず、居場所がどこにもありません。ただ、唯一の友人ケヴィンだけが心を開ける友人です。そんな彼が、ある日フアンという黒人と出会います。彼はどこにも居場所がなかった主人公に優しく接し、家に呼んだり、泳ぎを教えてくれたりします。その中で彼は、主人公にこう言います。「自分の人生を他人に決めさせるな」と。これが本作の最も重要な要素だと思います。

 そう言われた主人公ですが、青年期に入っても状況はあまり変わっていません。しかも父親代わりのフアンは既に亡くなっています。またも居場所を失ってしまった主人公ですが、とある夜にケヴィンと心を通わせます。このシーンが何とも自然でいいですね。しかし、ある事件で主人公は刑務所に入ります。

 そして第3章「ブラック」では、彼は大人になっています。そこにはかつての弱かった自分はいません。体を鍛え、金歯を付け、拳銃を所持し、大音量で音楽を流しながら車を走らせる。そして、自らを辛い境遇に追いやった麻薬を売っています。確かに外見上は「強くなり」ました。ですが、私はそこからは悲哀のようなものしか感じませんでした。外見だけ分厚い装甲で固めただけで、その中の「本当の自分」を押し殺しているような気がしたからです。麻薬も、自分で選んだというよりは、のし上がるにはそれしか無かったという理由で選んだ気もします。事実フアンは良い家に住んでましたしね。しかし、それはフアンが言った事とは違うと思います。何故なら、主人公が今の状況にいるのは、自分を殺し、環境的にそうならざるを得なかったからだと思うからです。それはケヴィンも同じです。彼も望んだ人生を歩んでいません。負の環境の連鎖は、どこまでも続いてゆくのだなと思わせられました。

 しかし、1つだけ確かなことがあります。それは、2人が繋がったあの夜だけは、2人は自分を偽ってなどいなかったという事です。確かにあの時だけは少なくとも主人公は素の自分でした。

 作品のタイトルは「ムーンライト」です。それはフアンの「月明かりの下では、黒人はブルーに見える。お前はブルーだ」という台詞から来ていると思います。誰かの明りの下では、「ブラック」も「ブルー」になれたかもしれない。しかし、主人公は「ブラック」になりました。違う道もあり得たかもしれないですが、なるべくして「そうなってしまった」。本作はそんな人の人生の話なのかもしれないと思いました。
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