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ムーンライトの教授のレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
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アフリカ系アメリカ人の生活。あるいは日常というものを出来るだけシンプルに、余計なものを削ぎ落として削ぎ落としてこれ以上ないというぐらいに余分がないことがまず秀逸。
そしてバリー・ジェンキンス監督にとっては、その「黒人たちの」というものに特化した何かを描くというよりも、本当にあるがままの自分たちの姿と生活を映そうとしたのだと思う。

描かれている人物像や世界観は、ギャングスタ的な男性誇示、マッチョ感は皆無。無口で内気で、感情を抑え込んでなるべく面倒に巻き込まれたくないと思って生きている主人公の姿。
父親がいない、とか。イジメに遭っている、とか。そして貧困、売春、ドラッグの中にある生活。
この映画が映し出しているのは。社会的差別や偏見によって同じ黒人同士の中にも起きている分断を描いている。

差別や貧困の中での閉塞感や鬱屈が、犯罪を生み、暴力を生み、売春やイジメ、ドラッグに連なる。
生き延びるために成長する、強くなるということはこの世界において自分たちの同じ立場の人間たちをより不幸にしていくしかないという悲劇。
マイノリティの中のマイノリティを更に生み出していく現実。
これがまさに「現実」なのだが、その現実の中に曖昧模糊として存在する「愛」というもの。
たしかに、それは(擬似的な)父から継承され母との間にも断ち切れず存在し、裏切られても連なっていく。

マハーシャラ・アリが演じるファンの父親としての影と鏡像。彼もまたかつてのシャロンだったのではないかという含みに、説明はされない物語が広がる演出が見事。
同じように、三幕に分けて展開する各エピソードに対してその時間の空白から、描かれないからこそ浮かび上がる物語がこの映画を実に重層的にしていて「うまいなぁ」と感嘆する。

子供時代、ティーンの時代、そして大人になったシャロンとケヴィン。
空白の時間を埋めるのが、ずっと続いてきた「愛」であったこと。そして、現実に惑わされ「愛する」ことができなかった母親(だけど今はそれを悔いている。なんてやるせない)、誰よりも心の拠り所になっていた父親代わりのフアンの教えを守り続けていることや。
とにかく省略が効いていて見事。

ケヴィンがシャロンに食事をつくってあげる、という時の気持ちを考えるともう、涙が止まらなかった。
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