Inagaquilala

人生フルーツのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

人生フルーツ(2016年製作の映画)
4.3
1月2日に封切られ、4か月目に入ったいまでもポレポレ東中野でロングランを続けている本作品。料理に造詣が深い知人の作家さんに強く薦められ劇場に出かけたが、午前中の第1回上映にもかかわらず、席はすべて埋まり、チケット売り場には長蛇の行列もできていた。

愛知県春日井市に暮らす津端修一さん90歳と英子さん87歳夫婦のスローライフな生活を追いかけたドキュメンタリーなのだが、これが評判通り、誠に素晴らしい作品だった。津端さんの家は春日井市の高蔵寺ニュータウンの一角にあるのだが、周囲を雑木林に囲まれた一軒家で、庭には畑がつくられ、70種類の野菜と50種類の果実を育てる。

そもそも夫の修一さんは、建築をやっており、このニュータウンの最初の構想を練った人物。1960年代に、風の通り道である雑木林を残し、自然と共生する住宅地をめざしたが、高度成長と経済優先の波に遭遇し、修一さんも志半ばで、計画は当初のものとは程遠い無味乾燥な大規模団地となってしまった。

そこで、津端さん夫婦はこのニュータウンに300坪の土地を買い、ほとんど更地だったところに樹木を植え(当時の映像も出てくるがほんとうに周囲には何もない)、平屋の住宅を建てた。それから50年、樹々はすっかり雑木林となり木の実が成り、庭の畑には数々の野菜や果実が実る。英子さんはそれらを収穫し、見事な料理をつくりあげる。この英子さんがつくる料理が観ていてやたら美味しそうなのだ。もちろん修一さんはそれをまた美味しそうに食べる。

「風が吹けば、枯葉が落ちる。枯葉が落ちれば、土が肥える。土が肥えれば、果実が実る。こつこつ、ゆっくり、人生、フルーツ。」樹木希林さんのナレーションで作中何度も語られるこの言葉が、作品のすべてを表している。この作品に吹いている風はほんとうに気持ち良い。「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」という建築家ル・コルビュジェの言葉も紹介されるが、まさに津端夫婦の家はそれなのだ。雑木林から、庭から、そして家からいろいろな「果実=フルーツ」が生み出されていく。

東海テレビの製作した劇場用ドキュメンタリーの第10弾にあたる作品らしいが、時間をかけて、ゆっくりとこの夫婦の来し方から現在の生活までをあたたかく追いかけ、カメラに収めている。それゆえ終盤で訪れる決定的場面に際しても、カメラはつとめて冷静に追いかけ、そしてそれ以上に妻の英子さんがそのとき落ち着きはらっているのが実に感動的だ。

物質文明の中で忘れかけているほんとうの豊かさとは何かを教えてくれるのはもちろん、生きるとはどういうことなのかも考えさせてくれる作品でもある。とにかくこの作品を観たあと劇場の外に出ると、空気も美味しいと感じた。心も頭も洗われる素敵な作品だ。
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