ちろる

残像のちろるのレビュー・感想・評価

残像(2016年製作の映画)
4.0
『灰とダイヤモンド』や『カティンの森』など多くの名作を残して、ポーランドを代表するアンジェイ・ワイダ監督にとっての遺作となった本作。
エネルギーは最後まで、いやむしろ最後だからこそ本物である。

芸術と政治の狭間で苦悩しながらも信念を突き通したポーランドの画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキの半生を、重厚感ある映像に乗せて魂を込めて見せてくれる。

ポーランドの権力による抑圧について、終生その怒りを自らの作品にぶつけ続けた、ワイダ監督は、このストゥシェミンスキと自分を重ね合わせてたに違いない。

スターリン主義の影が迫った、戦後のポーランドで、前衛画家として造形大学の教授として学生たちに芸術を伝えていたストゥシェミンスキ。
「イデオロギーなき芸術は否定せよ」という変化していく価値観の中で、圧力により職を失い、協会を追放、絵の具さえ買えずに全ての立場を奪われ尊厳を踏みにじられていく。

作品の中でもっとも象徴的なのは、スターリンの肖像画の描かれる真っ赤な垂れ幕が、彼のアトリエをカーテンの如く覆い尽くしたシーン。
真っ赤に染まる部屋は個人の信念を容易に蹴落とすことのできる独裁政権の残酷さを見せている。

全体主義の抑圧の中で、気高すぎる信念はどこまで耐え続け輝くことができるのだろうか?
芸術がイデオロギーに支配されるはずはないのは現代の常識であり、この物語は過去の苦々しい愚かな所業なのだと思いたいが、
実際は社会不安の中で、再び私たちの世界はこのような全体主義が強まりつつある。
少し何かが転べばイデオロギーが個人の尊厳を簡単に殺すこともできるのは実は現代も同じで、
そしてこのお話が決して忌まわしき『過去の』芸術家たちへの精神的殺人ではないのかもしれないと今の日本を見てふと思う今日このごろ。
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