ニャーすけ

タリーと私の秘密の時間のニャーすけのネタバレレビュー・内容・結末

タリーと私の秘密の時間(2018年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

自分はこれまで結構いろいろなホラーを観てきたが、それらと比べても本作は生涯で最も恐ろしかった映画のひとつ。
物語は、シャーリーズ・セロン演じる身重の母マーロが、息子ジョナの情緒障害を抑制するためのルーティーンであるブラッシングをかけてやっている場面から幕を開ける。窓から差し込む柔らかな陽光に照らされた優しい母の姿はとても美しく、一見すると幸せな光景そのものだが、バックに流れる曲はヴェルヴェッツの「Ride into the Sun」であり、逃避願望についての歌詞がマーロの秘めたる心情を代弁していて非常に不穏。
その後、3人目の子供を出産したマーロは地獄のようなワンオペ育児の日々を送るのだが、それをライトマン作品の代名詞であるリズミカルでポップなモンタージュで描く対位法の使い方もえげつない。マーロの夫のドリューは基本的に優しい男ではあるが、言ってしまえば「ただ優しいだけ」の役立たずで、妻の苦しみにはまったく無頓着であるのも救いが無い。

そんな生活でついに限界に達したマーロは、タリーという賢明で仕事も完璧な若いナイトシッターを雇い、世代を越えた友情を育むことになるが、それがマーロの壊れた精神が作り出した空想の人物(=なりたかった理想の自分)であったという真相が辛い。ただ自分の境遇に理解を示し、認めてくれる人間が自分自身の他には誰もいないという絶望的な孤独を、世の中の多くの母親たちが経験しているのだと思うと本当に胸が痛くなる。
しかし、このタリーというイマジナリー・フレンドの存在がマーロを孤独から救い、彼女の人生を全肯定してくれたのも事実で、だからこそマーロがタリーと過ごした「秘密の時間」はかけがえのないものでもあり、その永遠の別れはとても切ない。そして、タリーがマーロから去っていくのと同時に、あれだけ不愉快に思えた夫や子供たちが初めてマーロとちゃんと向き合い、真に健全な家族として再生を果たすのは、今「母親」としての責務に苛まれているすべての女性に希望を与える結末で素晴らしい。
特に、円環構造としてオープニングと対になるラストのブラッシングの場面で、ジョナが彼女に語りかけるシンプルな愛の言葉は、彼女が誰の助けも得られずに心を引き裂かれた地獄の日々も決して無駄ではなかったし、その頑張りも実はちゃんと子供たちに伝わっていたのだということを端的に示すもので、今思い出してもぼろぼろと泣いてしまう。
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