明石です

オリエント急行殺人事件の明石ですのレビュー・感想・評価

オリエント急行殺人事件(2017年製作の映画)
2.8
雪山を走る列車内で突如起きた殺人事件。容疑者は乗客全員。警察が介入できない状況で、列車に同乗していた世界一の探偵が事件の解明に当たる。

全てがご都合主義な展開に辟易しながら観た。個人的に昔からずっとミステリージャンルが好きではなく、原作のアガサ·クリスティも何作か読んで一度もハマれなかった。作中のあらゆる要素が主人公(というか作者)の都合の良いように作られてるシナリオに、違和感を覚えてしまうんだと思う。主人公を主人公に仕立て上げるために用意された都合の良い謎、、こういう前提条件がある以上、私がミステリージャンルを好きになることは一生ない気がしている。まあミステリーの方も、私のような鑑賞者はお断りだろうけど。

容疑者候補として出てくる人間が皆ステレオタイプで、そんな人現実にはそうそういないよなあと思ってしまう(多分みんな思ってると思う)。祖国の再興を願う国粋主義的なドイツ人、黒人やラテンアメリカ人を差別する人種主義的なアメリカ人、何かというと「神」の話を持ち出す田舎人。「悪」と「正義」の善悪二元論で全てが割り切れると信じている女性。こういうのも結局、劇中の「謎」を謎たらしめるために用意された人物に過ぎないんだろうなと思ってしまう。

何が好きになれないって、主人公がどれだけ華麗に謎を解いてみせたところで、それは、解くために用意された謎を解いたに過ぎず、結局は出来レースじゃん、と思ってしまうところ。自分で作った問題を自分で解くのがそんなに大したことなのかと疑問に思ってしまう。よく出来た物語って、そういう「いかにも」な感じを隠しつつ、こっそり謎解きをしてみせるものだと思う。「いかにも」というのは、「謎をたっぷり含んだ殺人事件が主人公(=探偵)の付近で起き、しかもその謎が警察には絶対に解けない難易度のものであること」といったかんじの意味合い。現実世界ではこういう「いかにも」な状況はまず起こらないわけで、物語が非現実に陥らないようにするためには、「いかにも」を排除する必要があり、その「いかにも」を排除できないがために非現実に陥るほかないミステリーを私は毛嫌いしている。

もっとも、非現実に甘えてないミステリーは好きです。シドニー·ルメットの『十二人の怒れる男』は良かったな、、あと、ミステリーの「型」を借りるだけ借りて、全く謎解きをしない(イコール謎解き以外の箇所に見どころがある。つまり、作品の構造自体がミステリージャンルを批評する形になっている)ブコウスキーやチャンドラーの作品は大大大好きです。

—好きな台詞
「ハンマーを持つ人には全てが釘に見える。犯罪の中に生きて、日々悪を見ているからそう思うんですよ」
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