Kumonohate

台北ストーリーのKumonohateのレビュー・感想・評価

台北ストーリー(1985年製作の映画)
4.0
台湾ニューシネマの旗手、エドワード・ヤン監督の1985年作。

1985年の日本といえばバブル直前。実感で言えば、80年代に入って始まった“浮かれた感じ”の真っ只中。70年代にあれだけ騒がれた“資源の枯渇”や“公害”はどこ行っちゃったんだ?というくらい、やれワープロだファミコンだウォークマンだCDだTDLだマハラジャだと、次々と押し寄せる新しい価値に無自覚に身を浸していた。

本作で描かれる85年の台湾にも、(日本ほどではないにせよ)“押し寄せつつある新しい価値”の気配を感じる。高層ビルが立つ町や、ファッショナブルな服装に身を包む登場人物からは、日本との隔たりをさほど大きくは感じない。

だが、当時の日本と決定的に違うのは、そこに、必ずしも“浮かれた感じ”が無いことだ。それどころか、映画全体を支配するムードはけっこう暗い。そして、若者は皆、台湾以外に幸福を求めている。象徴的なのは、主人公たちの溜まり場になっているマンションの窓外にでっかく輝く富士フィルムのネオンや、そのネオンに埋没する若者のシルエット。日本やアメリカに憧れ、足元に幸福を見出せないでいる彼らの姿は見ていて息苦しかった。

あれが戒厳令解除前夜の台湾の空気なのだろうか。未来を受け入れつつも過去に引きずられ、時代の恩恵を無邪気に謳歌することが無い、重く垂れこめた空気感。過去を無かったことにしてバブルを謳歌した日本(少なくとも自分とその周辺)とは何という違いであることか。映画からは、19世紀末以降に台湾が辿ってきた歴史の重さが漂ってくる。

それでは何故、同じ時期の日本は、ああもあっけらかんと時代を謳歌できていたのだろう。過去に囚われてもがく本作の主人公を見ていると、我々は、いつからか歴史や価値観を切り離すことを覚え、それを繰り返してきたんじゃなかろうかと思えて来る。
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