Inagaquilala

サラエヴォの銃声のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

サラエヴォの銃声(2016年製作の映画)
3.8
群像劇は結構好きだ。何人もの人物が登場し、どのようにそれらの人物が関係し、最終的にどんな落としどころへと導かれていくのか、それがとても楽しみだ。この作品も群像劇である。

第一次世界大戦の引き金ともなったサラエヴォ事件(1914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であるフランツ・フェルディナント大公夫妻がセルビア人の民族主義者ガヴリロ・プリンツィプによって暗殺された)から100年、記念の式典のためにホテルに集ったVIP、メディアの人間、支配人、従業員、ギャング、謎の男、そして暗殺者たちが登場し、いわゆるグランドホテル形式で物語は進行していく。

ある意味、このホテル自体が現在のボスニア・ヘルツェゴビナ、あるいは旧ユーゴスラビアそのものといってもいいかもしれない。それらの政治的状況をアナロジーしながら観ると、いろいろな諸相が浮かび上がってくる。

例えば、このホテルは実はかなり経営が逼迫しており、2日後に銀行の決済が控えている。支配人は金策に走るが、折しも給料が遅配している従業員たちはストライキを決行しようする。またホテルの地下にはカジノとナイトクラブがあり、ギャングたちが跋扈している。なにやら破綻寸前の国家にも例えられるシチュエーションだ。

一方、ホテルの屋上では、サラエヴォ事件100周年を取り上げたテレビ番組の中継が進行していて、歴史家や関係者が女性キャスターのインタビューを受けている。このシーンで、現在のサラエヴォ、あるいはボスニア・ヘルツェゴビナが置かれた政治状況が巧妙に説明されていく。とくにセルビア事件の民族主義者ガヴリロ・ブリンツィアと同じ名前を持つ青年を女性キャスターがインタビューするシーンはこの作品の圧巻で、ふたりの論争はテレビカメラの回らない場所でも引き継がれていく。

ホテルの支配人は金策と同時に、ストライキ潰しにも奔走する。地下のギャングたちに頼んで、ストの首謀者を暴力で脅したり、代わってリーダーとなったいちばん古参の従業員の娘で、フロント係として仕事をこなしている女性にセクハラまがいの解雇通知を突き付けたり、ホテル自体もカタストロフへと突き進む。

カメラはホテル内を自由自在に動き回り、人物とその置かれたシチュエーションを巧みに映していく。たぶんフレームがブレることなく動いていくので、軌道レールを敷いたうえで細かく俳優たちの動きもチェックしているのだと思う。そのあたりかなり安定した絵づくりをしていて、この入り組んだ群像劇を支えている。

もちろん、サラエヴォ事件やボスニア・ヘルツェゴビナの民族浄化などの歴史的、政治的背景を知っていれば、観賞はより深くなると思うが、群像劇としてもなかなかクオリティは高い。

幕切れはややあっけない感じがしたが、それはそれで悪くはないようにも思った。最後に映し出される支配人の姿は、いったい誰を、そして何を象徴しているのか。イギリスのEC離脱で揺れるヨーロッパのことを思いながら劇場を後にした。
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