道人

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルの道人のレビュー・感想・評価

3.1
 暴力(罵詈雑言も含む)が感情表現(当人達にとっては愛情表現)になってしまっている人たちの救いようのない連鎖にひんやりとした気持ちになったりもするけれど、その「足掻きに足掻いて生きてやる」というマグマも感じて熱くなる不思議な映画でした。

 「私はこんなに頑張ってるのに、なんで報われないの、状況は好転しないの」「私は悪くない」って言葉を内心呟くことが多くて、それを精神安定剤にしているような私みたいな人にとっては、負の人間喜劇すぎて辛い部分もあるけど、ラスト、トーニャが血反吐を吐きながら「これが私の人生」って不敵に、本当に不敵に笑うところ、人生の荒波を華麗に乗りこなせない人のヤケクソ気味な矜持がにじみ出た笑顔が最高すぎて、「ああ」って息が漏れました。

 この映画は偽ドキュメンタリー形式をとっていて、某俺ちゃんのごとく登場人物が銀幕の向こうからこちらに語りかけてくるんだけど、各々言い分が違う。
 その、同じ出来事を描くにしても言い分が違うところに「自己正当化」しながら生きて行く人間の物悲しさはありつつも、あのパンにあのジャムを塗って食べた、なんて一方にとっては何気ない日常の一コマでも、もう一方にとっては「幸せだった頃の象徴」として残るんだなぁ、って思ったり。
 後年、彼女がスーパーの商品棚に並ぶジャムを見て、あの頃一緒に食べたあいつ、私のためにパンにこのジャムを塗ってくれたあいつを思い出して「クックッ」って目元が少し幸せそうな苦笑いをしていてくれるといいなぁ、なんて思ったりもしました。

 常に世を拗ねているように肩をいからせて生きる、のしのし歩くトーニャが、一転しなやかに輝くのが氷上。最初に滑り出す前、無音の一瞬に「フッ」って彼女が気合の呼吸を入れるところでまた彼女と目が合うんだけど、あの一瞬は本当に美しい。人生の絶頂期へ駆け出す人の眩しさを観客として目撃できる幸せ。
 そんな、氷上に君臨する自分の凄さと輝きを自覚して自然に湧き出る笑顔を見た後、リンクで「笑えなくなった」彼女を目撃することになるんだけど、鏡の前で頬紅を塗るトーニャの一挙手一投足、自分の人生をすべてさらけ出して「人々の娯楽」になってしまった人の苦しみを目撃してしまった感じで、このシーンのマーゴット・ロビーは圧巻です。
 でも、あのシーンの、人生の悲喜劇を「自分が待ち望んだ最高のステージで演じざるをえない・さらけ出さざるをえない」ことに打ちひしがれたような、道化師じみたトーニャが劇中で一番美しかったです。あそこがあるからこそ、ラストシーンのあの不敵な笑みが全肯定できる素晴らしい助走のようなシーン。彼女はショーンを痛罵するシーンの言葉のチョイスからしても私が好きになれるタイプの人間ではないんだけど、抗い難い魅力は確かにあります。

 あ、僕らのセバスチャン・スタン、やることなすこと悪い方に転がっていく、苛立ちを暴力や暴言でしか発散できない、トーニャとの「腐れ縁」(この言葉がぴったりすぎる)夫、ジェフを好演してます。なんていうか、嗜虐のDVじゃなく、未熟な構ってちゃんのDVなダメ男。甘えてるんですよね。
 DVはどんな理由であれ肯定できないけど、トーニャとジェフにはあの痛みが夫婦であることを確認するよすがでもあったんだなぁ、と思える救いようのなさ。でも、氷上のトーニャを見る時のまなざしとか、ジェフはずっと彼女に恋してる感じ。愛に深化する前で足踏みして、永遠に恋焦がれてる感じ。
 よく言えばずっと熱々、悪く言えばずっと未熟…なんていうか「俺の好きになったお前はこんな女じゃない」って延々と突きつけてしまうようなイタさ。「隣にいることが日常」にいい意味で鈍化していくのではなく、常に「俺の最高の女」でいてほしいという困ったちゃんな、夢見るセバスタが見れます。事件後、そんな思いから強制的にパージされちゃった彼の枯れすすきのような生気のなさにはちょっと笑っちゃうくらい(笑)。
 私は虚勢でも胸をそらして生きてきた二人が、最初にチンピラのケンカのように肩をぶつけ、胸をぶつけながら不器用に距離を測りつつ交わすトーニャとジェフの最初のキスシーンが好きです。
 あと今作の「台風の目」になったショーンとの関係ね。ジェフにとって彼は「俺が面倒見てやらなきゃな」(悪く言えば「自分よりダメなやつを側に置いて安心する精神安定剤」)的な存在でもあったんだろうけど、あの妄言に笑って救われてきたことも多々あったんだろうに、二人の「友情」の結末は苦かったですね。くだらないことをくだらないって笑いあえるままでいるって難しいんだな、って思いました。おじさんになっても「いつものあの席」で通じる友達っていいと思うんですよ。そんな楽しい思い出の詰まった席でジェフに「切り捨て」られた時の、世界の全てに裏切られたようなショーンの表情が印象的です。…まぁ、救いようのない誇大妄想壁おじさんなんだけどネ☆


【2018.05.04 (2D字幕)】字幕 中沢志乃さん

【パンフレット】720円 
 「ポイズンピンク」の使い方がポップな、キャストや監督のインタビューなどはしっかり押さえた作り。アリソン・ジャネイのインタビューで語られる子役・マッケナ・グレイスの役者魂が印象的。トーニャと同じ「トリプルアクセルを跳んだ」フィギュアスケーター・中野友加里さんがこの映画を見た感想も載っています。
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