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デ・パルマのnetfilmsのレビュー・感想・評価

デ・パルマ(2015年製作の映画)
3.7
 ソファーにどかっと腰を下ろす紺色のジャンパー姿の男、びっしりと生え揃った白髪と髭、男はアルフレッド・ヒッチコックの58年作『めまい』を叩き台にゆっくりと話し出す。高所恐怖症の主人公ジェームス・スチュアートに訪れた絶体絶命の危機に大学時代の男は魅了され、映画監督を志す。今作は1940年生まれで、77歳になったブライアン・デ・パルマの50年強にも及ぶキャリアを、デ・パルマ自身が一作毎に解説したドキュメンタリーに他ならない。政治的に先鋭だった68年の『Murder a la Mod』から始まり、最新作である2012年の『パッション』まで1時間50分に及び語り尽くしている。ニュージャージーに生まれ、イタリア系の外科医だった父親の影響で幼い頃からメスや手術を見慣れたデ・パルマ家の三男坊は、オペに次ぐオペの連続で忙しかった父親とは疎遠な幼少時代を過ごす。カトリック教徒だった両親の影響で宗教に心酔した少年時代、高校卒業後は、コロンビア大学で物理を学んでいたが、在学中に『市民ケーン』『めまい』に衝撃を受け、専攻を映画に変える。ユニバーサル・ピクチャーズから奨学金を得てサラ・ローレンス大学修士課程に進んだデ・パルマは、徴兵拒否の実体験を基にしたロバート・デ・ニーロ出演の群像劇『ロバート・デ・ニーロのブルーマンハッタン/BLUE MANHATAN2・黄昏のニューヨーク』で一躍注目を浴びる。

 自他共に認めるヒッチコック信者としての自負は、ケント・ジョーンズのドキュメンタリーである『ヒッチコック/トリュフォー』には参加せず、あくまでこちらで声高に語られる。ヒッチコックだけでなく、ゴダールへの憧憬、同世代のライバルであるマーティン・スコシージ、ジョージ・ルーカス、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラとの友情、特にデ・パルマの誕生日に女友達と留守電をよこしたスピルバーグの言葉は、2人の蜜月ぶりを物語る。アメリカン・ニュー・シネマ華やかなりし時代、同世代のライバルたちは互いに脚本を回し合い、デ・パルマがスコシージに回した脚本が後の『タクシー・ドライバー』に繋がったというエピソードは感慨深い。自作の解説をきっちり取り行いながらも、要所要所で飛び出すこれらの脱線トークが、豊潤だったアメリカ映画を思い起こさせる。ノア・バームバックとグウィネス・パルトローの弟ジェイク・パルトローのカメラは、憧れの監督を前にしても臆することなく、努めて冷静に彼の言葉に耳を傾ける。「私の作品は人々を不快にさせる」「『ボディ・ダブル』のドリルの太さが女性団体から抗議に遭ったよ」と語る変態監督デ・パルマの言葉は饒舌で淀みない。

 『ファントム・オブ・パラダイス』のNYでの歴史的不入りや『虚栄のかがり火』の再起不能寸前に至った経緯など重苦しい描写も忌憚なく語っているが、『アンタッチャブル』のショーン・コネリーのエピソード、『カジュアリティーズ』でのマイケル・J・フォックスとショーン・ペンのエピソードなど、自作に出演した役者たちへの痛烈なゴシップがすこぶる面白い。その反面、監督の創作のピークは30代〜50代と断言して憚らないデ・パルマの言葉は、もう20年以上傑作を生み出していない自身への苛立ちにも諦めにも見える。ハリウッドのシステムが監督をダメにすると語るデ・パルマは『ミッション:インポッシブル』以降、ヒット作を生み出せていない自身の状況を踏まえながらも、スピルバーグやロバート・ゼメキスへの尊敬の念を滲ませる。ヒッチコックの時代と比較し、50代以上の作家は芳しい評価を得られないと諦め気味に語るデ・パルマのの独白は妙に生々しい。前述のスピルバーグもゼメキスも、盟友であるスコシージも、テレンス・マリックもイーストウッドも、いま多くの作家たちが50代以降も着実に成功を収め、自らのフィルモグラフィの可能性を推し進めている。かくいうノア・バームバックも2年後の50歳を前にして、デ・パルマの言葉は俄かには信じ難く映ったに違いない。ラストに登場したデ・パルマの寂し気な背中は何を意味するのだろうか?まだまだ老け込むには惜しいデ・パルマの才能が再び開花することを願って止まない。
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