Inagaquilala

作家、本当のJ.T.リロイのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

作家、本当のJ.T.リロイ(2016年製作の映画)
4.0
1999年、「サラ、神に背いた少年」という小説でアメリカのカルチャーシーンに彗星のように現れた天才美少年作家、J.T.リロイ。「5歳で虐待を受け、11歳で女装して売春、14歳でドラッグを経験し、16歳で精神を病み入院。18歳で自伝的小説を執筆」という数奇なプロフィールを持つ時代の寵児の正体は、実は15歳も年上の女性だった。

2006年にニューヨーク・タイムズ紙が明らかにした、このJ.T.リロイ騒動の顛末を追ったドキュメンタリー。作品は、夫の妹をJ.T.リロイに仕立てあげ、自分は「彼」のソーシャルワーカーだと称していた実際の小説の作者ローラ・アルバートへのインタビューと、彼女の電話に残された映画監督のガス・ヴァン・サントや女優のアーシア・アルジェント、ミュージシャンのトム・ウェイツやコートニー・ラブなどの生々しいメッセージや通話音声で構成されている。

ガス・ヴァン・サントはJ.T.リロイに「エレファント」の脚本を依頼、アーシア・アルジェントはJ.T.リロイと親密になり、「彼」の2作目の小説「サラ、いつわりの祈り」を映画化している。著書もベストセラーとなり、その謎めいたプロフィールからメディアにも頻繁に登場したJ.T.リロイ。その晴れがましい姿を追いながらもながらも、一方では本当の作者であるローラ・アルバートの子供時代から説き起こし、いかにして彼女がJ.T.リロイという「物語」をつくりだしていったかを明らかにしていく。

ゴーストライター騒動で話題となった盲目の作曲家を追ったドキュメンタリー「FAKE」を一瞬思い出したが、こちらのはその真贋を突き止めるのではなく、むしろその騒ぎの張本人にそのように至った動機や心の動きを、彼女の過去をたどりながら詳らかにしていく。

結果は、ローラ・アルバートにとってJ.T.リロイはもうひとつの人格ということになる。その姿をたまたま義理の妹に託したことで、次々にきらびやかな誤解を生んでいく。そして、その誤解さえ、最終的には彼女の「物語」の一部となっていくのだ。

ローラ・アルバートは言う、「これはフィクションなのだ」と。その口吻は少しも悪びれたところがない。むしろ、その事実をニューヨーク・タイムズ紙に明らかにした、彼女の夫を指弾する。かつてはやや肥満気味でコンプレックスを抱えていたローラ・アルバートが、J.T.リロイを世に送り出すことで、彼女自身もスリムになり、堂々としていくところが興味深い。その変貌ぶりも見どころのひとつかもしれない。

とはいえ、ローラ・アルバートのインタビューにあまりに寄り添うことで、J.T.リロイを演じた義妹の話や「彼」に群がった著名人たちへのアプローチがいまひとつ弱い気がする。ちなみにJ.T.リロイはアーシア・アルジェントが撮った映画が日本で公開されたときに来日を果たしているというが、その映像は残念ながらない。その時にもきっとローラ・アルバートも一緒に来日しているはずなのだが。

個人的な感想としては、天下のニューヨーク・タイムズ紙が、どうしてJ.T.リロイの正体を暴く記事を載せたのか気になる。ローラ・アルバートが言うように彼女の書いた作品はあくまでもフィクションなのだ。単なる暴露記事となるかもしれないものを「公器」である一流紙が掲載したのは、やはりJ.T.リロイというアイコンが当時の社会に広く流通していたからに他ならない。

ある意味、このニューヨーク・タイムズ紙の記事で、ローラ・アルバートがつくりだしたJ.T.リロイというフィクションは完成したのかもしれない。なんら悔恨の念もなく、堂々とインタビューを受ける彼女を見ているとそう思うのだ。
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