静かな鳥

ワイルドライフの静かな鳥のレビュー・感想・評価

ワイルドライフ(2018年製作の映画)
3.9
とある家族の肖像。
父と、母と、14歳の息子。一つのことがきっかけでその家族の形は、静かにゆっくりと歪み始める。父と母の不和、淀んだ空気の纏わりつく食卓、崩れゆく関係性。それぞれの事象を、息子である少年の視点を借りて本作は描き出す。彼はこの映画の中で「見る人」の役割を担っており、カメラは対象を見つめる少年の表情を一心に粘り強く捉える。それは事の発端たる父の解雇の場面から一貫している。彼は、全てを"見てしまう"(ただただ見ている"ことしかできない")。少年の透き通った瞳のフィルターを通して垣間見る「家族」という小さな共同体のゆくえ。

あのポール・ダノの監督デビュー作。パートナーであるゾーイ・カザンと共に脚本も手掛けている。一年ちょっと前に初めて海外版予告を見た時から「これは観たい!」と思っていたが、予想を上回る素晴らしさ。全編を包み込むゆったりとした心地よさとひりついた肌触り、そして低温火傷の如く仄暗い衝撃。どこを切り取っても自分好みでしかない。その端正な演出と映画全体のトーンの統制力には、初監督らしからぬがっしりした風格が漂う。エドワード・ホッパーを彷彿とさせる寂寥感に満ちた画作りや単一色の服装にも見惚れる。音楽の使いどころも良い(エンドロールに「ヨハン・ヨハンソンを偲んで」と出るが、本作にはヨハンソンの既存曲も一部使用されている)。

その上、画面の色彩設計としては"オレンジ(黄)"と"ブルー"のコントラストが効果的に用いられていたと感じる。色調のコントロールは舞台となる家の照明や壁紙、衣装にまで及び緻密で抜かりない。父は木々を燃やし尽くす炎(=オレンジ)に心を囚われ山火事消火の出稼ぎに向かい、母はその間の家計を支えるため水泳教室(=ブルー)へと働きに出る。また、その二つの色が美しくグラデーションを織りなす「空」も印象的。夕暮れ時には、淡青色の空を背にした人物の顔に橙の陽光が照射される。上空で色は重なり、混ざり合って、離れゆく。"集合"と"離散"を繰り返す様は、人となんら変わりない。そんな空とモンタナの広大な自然が、このちっぽけな家屋と3人を見守っている。

あと、豊かに息づく役者陣にも触れねばならない。ジェイク・ギレンホールは言わずもがなとして、キャリー・マリガンが圧巻。疲れや翳りの滲む複雑な面持ちといい、各シーン毎の年齢不詳感(「50歳に見える?」)といい、母のとる痛々しい行動に抜群の説得力を持たせている。子どもにとって、母親の「女」の一面ほど目にしたくないものはない(と思う)。でもあれは決して突発的なものなどではなく、単純には割り切れない"心をギリギリまで追い詰める何か"が長いこと彼女の中にあったのだ、とそこはかとなく匂わせてみせる演技。
息子を演じるエド・オクセンボールドは、「シャマランの『ヴィジット』のラップ少年がこんなに大きくなって…」と感慨深い。ダノは己の分身としてこの少年を見つめ、この物語の核となる部分を彼に託しているのではないか。それほどまでに「言葉を飲み込み、気丈に振る舞い、じっと初雪の訪れを待つ少年の姿」をダノは丹念に撮る。

幸せな瞬間を永遠に残そうと写真館へ赴いた人々は、皆一様に充実した表情を浮かべている。だが、恐らくその家族一つ一つにも禍福入り混じる歴史があり、明暗問わず抱えているものがあるのだ。文字にすれば至極当然のことかもしれないが、ちゃんとそのことに想いを巡らせてみたくなる。カメラのファインダーから覗き見える家族は、果たして我々の目にどのように映るだろう。ぎこちなく3人が収まるポートレートに、ダノの優しい眼差しを感じた。
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