さわだにわか

冬の旅のさわだにわかのレビュー・感想・評価

冬の旅(1985年製作の映画)
4.3
アニエス・ヴァルダは市井の人々のポートレートに強い関心を抱き続けた映画監督で、冒頭で主人公が既に死んでおりその死に至るまでの道程を彼女と出会った人々の取るに足らない証言から浮かび上がらせていく…という『サンセット大通り』を思わせる変則的な構成によって明かされるのは、実際のところ主人公ではなく彼女と知り合った人々の素顔の方だったりする。

主人公と言うよりは狂言回しに近い彼女の素顔はほとんど最後までわからない。カメラも彼女の視線には同調せず積極的に彼女を画面から外していく。こうしてカメラの中でも物語の中でも異邦人のポジションを与えられることになる彼女は、非日常の象徴として様々な人々の日常に亀裂を入れ、普段は日常生活に埋没したその素顔を引っ張り出すことになる。そして大抵の人はそれを恐れて彼女を追い出す。彼女は異邦人であると同時に鏡だった。唯一彼女を悼むような表情を見せるのが農場の外国人労働者であるのは、彼が彼女の中に彼自身を見出したからではないかと思う。

ヴァルダの遺作ドキュメンタリー『顔たち、ところどころ』の終盤に不在のゴダールが「登場」するのは半ば意図的なものだったんだろう。不在のゴダールに涙を流す時に、ヴァルダの素顔がカメラの前に現れる。『冬の旅』は旅をする映画だがロードムービーとは少し違う。どちらかといえばこれは不条理劇なのではないかと思う。フランスの農村地帯の荒涼とした風景に溶け込む主人公の佇まいは、まるでシュルレアリスム絵画のようだった。
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