ジャン黒糖

ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

3.9
パキスタン出身のコメディアン、クメイル・ナンジアニと妻エミリー・ゴードンの出会いに始まる半自伝的実話を2人自ら脚本執筆し、第90回アカデミー賞では脚本賞ノミネート、SXSWでは観客賞受賞、Rotten Tomatoesでは98%フレッシュ、等評価の高いロマコメ映画。
(※Filmarksさん、クメイル単独脚本みたいになっちゃってます!)

監督は『ドリスの恋愛妄想適齢期』『タミー・フェイの瞳』などのマイケル・ショウォルター。


【物語】
シカゴで昼はUberの運転手、夜はスタンダップコメディをしているクメイルはある日の劇場終わりでカウンセラー志望の学生エミリーと知り合う。
すぐに交際へと発展した2人だったが、パキスタン出身のクメイルは母からイスラム教の教えに従いパキスタン人同士のお見合い結婚をするよう望まれていることをエミリーに打ち明けられずにいた。
やがてそれが原因で喧嘩別れをした2人だったが、ある日エミリーが原因不明の病気にかかり入院し寝たきりとなってしまう…。

【感想】
これが主演も務めたクメイル自身の実話ということで、まぁこれが普通に面白い。
パキスタン人とアメリカ人の2人によるロマコメというスパイスによって生じる文化、価値観の違いがとても興味深かったし、単なるお涙頂戴感動作に陥ることなく終始シュールな笑いに包まれた会話劇が面白かった。

キャストやスタッフを調べてみると、本作は描かれる内容通り、スタンダップやインプロ、スケッチコメディ(日本でいうコントみたいなものらしい)など、即興性の多い主に舞台を中心とするコメディ出身者が多い。
監督のマイケル・ショウォルターも大学自体は劇団に所属していたそうで、主演=本人役のクメイル・ナンジアニ、彼の芸人仲間CJ役のボー・バーナム、メアリー役のエイディ・ブライアント、ルームシェアもしているクリス役のカート・ブラウノア、そしてエミリーの父テリーを演じたレイ・ロマノなどはいずれも何かしら舞台で活躍したことのあるコメディアンだそうな。

この座組みが示すように、モロに演技演出の即興性にコメディアンらしい感性が反映されていると思った。

日本の漫談、漫才などでも"客イジリ"はなどはあるけれど、アメリカのスタンダップなどはどちらかといえばお客に直接振って相手の反応を見て内容を調整したりするインタラクティブな側面が色濃く、壇上に立つコメディアン自身はお客を"退治"する感覚に近いんだとか。
そしてその反応は、州によって保守党/民主党派閥のバランスが異なることも相まってリベラルな地域と保守的な地域でリアクションが大きく異なることもあるそう。
加えて、アメリカは当然多民族国家でもあるため、日本でいう"あるあるネタ"みたいな広くウケるネタというよりは、各お客さんの特性に応じてネタを味付けすることがあるんだとか。
それゆえ、コメディアンは"相手の反応"を見るためには、常にお客さんのウケる閾値と、他のコメディアンにはマネできない個性が光るオリジナリティの最良なバランス、ボーダーラインを絶えず計っているという話も聞いたことがある。
そんな"相手の反応を見る"ことに重きを置かれるスタンダップなどの特徴が、本作独特の雰囲気そのものにも通じると思った。

たとえば主人公のクメイルはエミリーの父に「9.11をどう思うか」と問われ、彼は人によっては唖然としかねない冗談を回答する。
一方のエミリーの父も東部のノースカロライナ州からシカゴにやって来て、巨大な湖はあるけど海がない立地を活かして「シカゴで食べるツナは賭けだ」という、イマイチ反応に困ることを言う。
エミリーとの関係を理由に、本来であればギスギスしかねない重たい空気であっても人と人として2人は距離を遠ざける意思は全くなく、むしろなんとなく互いに話し相手を求めているようにも見える。

このように、本作は様々な場面でもっと重く、暗い雰囲気でお涙頂戴的に描くことも出来たところ、ほとんどの場面で冗談を言っては相手=映画を観ている観客、の反応を試しているように感じ、安易な感動演出に逃げないシュールなさじ加減は、スタンダップの特徴を映画に落とし込むための演出意図だと思ったし、クメイル自身のどこか憎めない人柄や優しさに通じると思った。

そして、同監督前作『ドリスの恋愛妄想適齢期』の感想でも書いた、演技による人物同士の時間の流れや関係性の変化を効果的に見せるための演出としてこの即興性は共通する監督の特徴なのでは、と勝手ながら我が意を得たり。


で、こうした人物同士の会話、反応から見えてくる関係性が、わかりやすく断絶されたものとして描かれるのがクメイルとエミリーの中盤以降の関係、そしてクメイルと実母シャーミーンの関係。
タイトルの"Big Sick"はおそらく、言葉通り重い病気にかかったエミリーと、アメリカで暮らすことを決めながらイスラム教の教えに準じなければいけない彼の家庭の風習、ふたつのダブルミーニングになっているんじゃないかな。

エミリーに対し、クメイルは喧嘩別れをしてしまって以降口を利くことなく時を迎えてしまい、話したくても反応がない。
彼女が目を覚ましたとしてもその間、クメイルは彼女の両親と仲良くなったものの、エミリーからしてみれば喧嘩して以来、時が止まってしまっていた訳で、そんな彼女の戸惑いにクメイルはどう応えるか。
そしてエミリーはそんなクメイルを見てどう行動するか。
エンドロールの直前までホッコリさせられる。
この2人は本当にお似合いのカップルよ。

そしてもう一つの断絶、クメイルの実母シャーミーン。
保守的なイスラム教徒である母は、息子がたとえ親の望む職に就かずコメディアンをしようと構わないが、ムスリムの慣習に従ってパキスタン人同士のお見合い結婚だけは守ってほしいと願う。
けどクメイルは毎日のお祈りも含め、アメリカという地でイスラム教の慣習に全て従わないといけない空気に疑問を持つ。

この親子関係はエンドロールで明らかになり、うん、良かった。



ということで兎にも角にも、役者たちの演技こそが映画の魅力と言っても過言ではない本作。

クメイルの魅力は先に挙げた通りとして他の人たちも良かった。

ルームメイトのクリスは劇場だと定番ネタを決まって披露する。
観客ウケは良いかもしれないが絶えず更新されていく個性こそが重視されるコメディ業界において、CJやメアリーたち、同僚からは少し冷やかに見られている。
そんなクリス、人との接し方は下手なんだけど、でも彼なりの優しさは確実にあって、クメイルがエミリーを初めてルームシェアの家に連れて来た時や、クメイルが親と口喧嘩した時に声掛ける彼は観ていてホッコリする(けど、その優しさちょっと違うんだよ笑)

そしてクメイルとエミリー、それぞれの両親も良かった。
本作、どちらの親も母が強く、父が威厳を保とうとしているけどちょっと弱いという共通点もバランスが良かった。

クメイルの母シャーミーンは故郷に親族を残し、夫アズマトと一緒に渡米し、この地で暮らすために努力してきた自負がある。
だからこそ、イスラム教の教えに従って自分たちを律することに厳しく、下手な芝居をしながらお見合いをセッティングしても毎回発展しない息子クメイルを心配する。

一方の父アズマトも、基本的にはシャーミーンと同じ考え、というかシャーミーンに追従している笑
クメイルに対し怒ったシャーミーンに乗っかるように同じく叱咤するアズマトが「You're wrong!」と叫んだあと、クメイルが呆然と「えー…そんな怒るコトぉ…?」と戸惑った表情を見せる場面とか最高。笑
渡米後、大学院に行き直したお父さんが同級生に"時の翁"と呼ばれてたエピソード好きだなぁ。
クメイルからすると母は心底怒っている、けど父は怒ってるんだろうけどポイントがちょっとズレてて肩の力が少し抜けてしまう笑


一方のエミリーの両親。
原因のわからない、重い病気に掛かった娘の身体に関わるある決断をする母ベスがカッコいい。
寝たきりとなったエミリーに対し自分にも少なからず責任があると恐縮しているクメイルに対し、ベスはエミリーとの関係を持ち出し、そうではないと断る。とても聡明な方だと思った。

かたやエミリーの父、テリー。
いつ目覚めるかもわからない、症状もわからない娘の容態を心配してベスと一緒に一生懸命医者たちと向き合っているなかで気が張り詰めてしまう空気を変えようとして発するコメントが常にシュールな笑いを誘う。
娘のために気にかけてくれるクメイルに対し、名言を言いたいのに上手く言えないテリーの不器用な感じが良かった笑

この2人とクメイルで、いないエミリーの家で飲んだくれて過ごすひと晩の場面好きだなぁ。
こりゃエミリーの両親のことも好きになるよ。
"Highball"のクダリ、お父さん…笑


そういえばめっちゃ脇役で、マッティ・カーダロプルが演じるハンバーガー店のバイトとクメイルがドライブスルーで繰り広げる一悶着の場面、そこでの彼の受け応えが、同じく彼が出演した『ジュラシック・ワールド』とそのまま同じ役と言っても良いであろうクダリで、あそこウケたぁ笑



ということで、どこか少しクスッと笑ってしまうようなシュールさを保つ人物たちの会話が魅力的で、それこそがマイケル・ショウォルター監督の資質にも合っていて、且つコメディアンの矜持にも見える本作、良かった。
ゾーイ・カザンはやっぱ好きやなぁ。
ジャン黒糖

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