m

デトロイトのmのレビュー・感想・評価

デトロイト(2017年製作の映画)
4.8
「ゼロ・ダーク・サーティ」や「ハートロッカー」のキャサリン・ビグロー監督らしく、今回も観客は事態の真っ只中に容赦無く叩き込まれて逃げ場の無い緊張感に心を晒す事になる。


まずどのようにして暴動の火が点くか、という所から映画が始まっていくのが興味深い。
意外な事に最初に登場する警官達は現場を仕切る警部が黒人というのもあって、差別感情を露呈するでもなくむしろ穏便に事を済ませようとする。しかし運悪くひょんな事から群衆の溜まりに溜まった不満に火が点いていく。
黒人の暴徒の中には騒ぎに便乗して面白おかしく騒ぎ立てる奴もいて、こうした人間の事も描いている冷静さに驚いた。映画全編にこうした作り手の冷静さがあって、この辺の絶妙な塩梅が良い(と同時にたぶんこの辺りがこの映画が本国で不評だった理由でもあるかなとも邪推してしまった)。

黒人達が怒りを爆発させる分かりやすい原因を提示しないのは、もはや彼らの積年の怒りの理由がアメリカ国民には誰もが分かる『前提条件』みたいなものだからなのだろうとも思う。


それから少しの間はどこを取っ掛かりにして観れば良いのか分からなかったが、歌手のラリーがホールで一人歌うシーンで心を一気に掴まれた。このシーンの演出・演技・撮影・音響が素晴らしくて、短い描写の中で彼の心情を見事に表現して観客の心にこの青年を主人公として刻み込む事に成功している。

モーテルに居合わせる若い女の子コンビも少しのシーンで人物像を分からせて感情移入させてくる(彼女達のひとりが「ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール」の子だった事には観終わって友人から指摘されて気付いた)。

映画の主役になるのが、暴動の真っ只中で怒りをぶつける人達ではなく、騒ぎから距離を置こうとするラリーや女の子達のようなごく普通の人達だった事に作り手の視座が明確に現れている。



中盤、映画の定番の構成をぶち壊して地獄のように延々と続く尋問シーンは噂通り恐ろしい。
警官達が楽しんで尋問したり拷問したり殺したりするのではなく、事態を切り抜けそこから何とか無事に抜け出そうとしていて、しかしそこに彼らの中にごくナチュラルにある人種差別感情(本当に彼らの中に当たり前のようにあるのが空恐ろしい)や警官であり銃を持っているという優越感、女性への支配感情等が絡んで悪い方向へとヌルヌルと進んでいくのがリアルで胸糞悪い(映画としてはとても褒めている)。

唯一アンソニー・マッキー扮する退役兵に対しては、警官達の妬みもあって明らかに愉んで痛ぶっているのがまたえげつない。
露出度の高い服を着た若い白人女性達が黒人男性と部屋にいた事に、白人男性警官達が殊更腹を立てるというのがリアルで(どこの国にもこういう感情を抱く人間がいる)、あの男達の粘着質さに本当に嫌になる。

分かりやすい狂人がいない事に今の現実と地続きの地獄がある。
基本的には彼らは人種差別思想と暴動の緊張感で思考停止して自分達の『正義感』を振りかざす臆病な馬鹿者なのだ。臆病な馬鹿者だから銃と権威を手にして図に乗るし、尋問計画はとことん杜撰でそれが必要の無い死人を出す要因になる。
州兵達もボイエガからもらったコーヒーを飲む場面で気の良い連中(しかしナチュラルに人種差別している奴もいる)だと分かるし、女の子達を助けもするが、最終的には彼らも役に立たない。



ラリー役のアルジー・スミスには歌声も含めて魅力とカリスマ性があって、初めて目にした役者だったが印象的だった。痛切で素晴らしい。

ジョン・ボイエガが演じる警備員の人物造形が良くて、丁寧に自己紹介してコーヒーを差し出す等して相手との緊張状態を解き、場を平和に収めようとするクレバーな青年という人物像が短い場面で素早く伝わってくる。ボイエガの役者としての華もそれに説得力を持たせている。華だけでなく地に足付けて生きる市井の青年のリアリティも醸し出す感じは久しぶりに「アタック・ザ・ブロック」の頃を思い出させる。しかし彼のそんなクレバーさも、醜い現実にへし折られていく。

白人警官三人組のボスを演じるウィル・ポールターの役作りと彼への監督の演出は的確で、並みの役者や演出家ならもっと分かりやすくケラケラ笑いながら狂気を見せたりしそうな所をそれは避けて、どうやらこの男もこの男の中のルールに従って(しかしそこに黒人への絶対的な蔑視が絡んでいる)、楽しむのではなく『仕事』を成そうとしているらしいというのが余計に胸糞悪くて絶妙に厭な感じだった。
緊張状態から抜け出した終盤で遂にこの男の醜悪さと酷薄さが完全に露呈し、観客の嫌悪と憎悪を一身に受ける存在になる。上司から「Kid」と呼ばれる程に童顔で、あの憎たらしい特徴的な眉毛をこさえたウィルが演じた事が重く効いてくる。ここまで憎まれれば役者冥利だ。

タチが悪いのが「シング・ストリート」のあの主人公のお兄ちゃんが白人警官三人組の中にいる事で、あの憎めないツラと眼のまま最悪の事をしでかしてしまう。キャスティングの妙とそれに応えた役者の演技力。

事件の火種を作ってしまうオモチャの銃を撃つ黒人青年も、土壇場で彼の幼さが垣間見えて切ない。



監督も脚本家も白人達にも黒人達にもクールにフェアで、しかし黒人達の抱いたやるせない怒りに全力で寄り添いシンクロする。

ジョン・ボイエガの役柄の果たす本当の意味が分かった瞬間、思わず怒りで震えた。この瞬間のボイエガの唖然として震える芝居は凄まじい。
ここから、この映画の本当の地獄が始まる。そしてこの地獄は今もまだ世界のそこかしこに広がっていて、むしろ身近な所に忍び込みつつある。そうした事に冷静かつ全力で怒りをぶつけるこの映画が今作られた事には、大きな価値がある。


ラストシーンで描かれる、最後に残されたほんのかすかな慰めに、この映画の熱いハートがあった。
m

m