えんさん

ロング,ロングバケーションのえんさんのレビュー・感想・評価

3.5
元文学教師で、現在はアルツハイマーが進行中のジョン。妻のエラは末期がんを抱え、毎日の生活は決して楽なものではない70代の夫婦が、突然住んでいたボストンからフロリダ・キーウエストを目指し、キャンピングカーで旅に出る。子どもたちは巣立ち、彼らに課された人生の責任はすべて果たした上で、残りの時間を自分たちで過ごすための旅立ちだった。愛車のキャンピングカーで1号線を南下し、ジョンが愛したヘミングウェイの家があるキーウエストにまっしぐら。そんな中でも、ジョンの記憶はどんどん薄れていき、エラは毎夜の事、昔の8ミリを投影して、人生をジョンとともに追懐していくのだが。。アメリカの作家マイケル・ザドゥリアンの小説「旅の終わりに」を、「人間の値打ち」のパオロ・ヴィルズィが監督して映画化した作品。

アラフォーを迎えようとする僕自身が最近物忘れや、人の名前や些細な固有名詞を思い出せないで焦っていますが(笑)、それでも幸か不幸か、自分の家族や親戚など最期が近くなってきて、アルツハイマーや認知症を抱えていたということがない身で過ごしてきました。なので、よく映画でもテレビでも認知症の介護をしている現場を観ても、想像し難い大変さというのがあるのだろうと思います。本作は老夫婦のロードムービーなのですが、夫のジョンはアルツハイマーを抱えており、直近で何をしていたかという記憶(短期記憶)を喪失したり、意味不明に同じような会話を繰り返そうとしたり、突然あらぬところに行こうしたりと、一時も目を離すことができない。それでも彼を必死に支えようとするエラの献身さには目を引きますが、時々、ジョンがまともな会話をし始めるいわゆる兆しを見せると、やはり夫婦として長年連れ添ったときの最愛の夫の姿に引き戻される。この映画はすごく巧みで、同じカメラ位置で構えていても、その兆しを見せる場面では空気感がピリッと変わるのです。頑固で、幼いクソ老人だったジョンが、突然ダンディな紳士に見えてしまうのだから、演出はもとい、ジョンを演じるドナルド・サザーランドの見事な切り返しっぷりに脱帽します。

作品を通して、様々な地に赴くロードムービーならではの情景美もなかなかだし、アルツハイマーであったり、がんであったりという苦しさを描く部分をできるだけ抑え、苦しさもユーモアに変えていくジョンとエラのコンビっぷりも見事です。ですが、個人的に残念だったなと思うのが、(ネタバレかもしれないですが)ハッピーエンドにしなかったところでしょうか。「人間の値打ち」でも、人が持つユーモアの一面だけではなく、シニカルでアロニックな部分もつぶさに描いたヴィルズィ監督らしいといえばらしいのですが、この終わらせ方は、僕の考えとは少し相容れないところがあるかなと思います。とはいえ、イタリア人監督らしい人間の様々な側面を愛らしく描く姿勢はなかなかなので、今後も見逃せない監督さんといえるかもしれません。