アニマル泉

東京の合唱(コーラス)のアニマル泉のレビュー・感想・評価

東京の合唱(コーラス)(1931年製作の映画)
5.0
小津安二郎28歳の作品。才能が開花した時期でサラリーマン家族の悲哀を描いたサイレント映画の傑作。直後に撮影する「生まれてはみたけれど」の原型となっている。子供の描き方が抜群だ。菅原秀雄と高峰秀子(!)の子供達が活きいきとして素晴らしい。紙風船で遊んでいて棚の上に乗ったのを無理に取ろうとして岡田時彦に怒られ、その拍子にレコードが落ちて割れてしまう、岡田は愕然とするが子供達はレコードをくっつけようとする、絶品の演出だ。岡田が首になって二輪車を買ってもらえない菅原は障子に穴を開ける、高峰は辞令書で紙飛行機を飛ばす、失業という重い事態も生活の活劇によってたくましく描く手腕には惚れ惚れする。赤ちゃんの挿入の仕方も上手い。
会社では同じ帽子、タイプライターなど同じ物が並び、列になり、トラックショットで描かれる。カメラアングルも同一のアングルが反復される。冒頭の学生時代の遅刻してくる学生は同窓会でも遅刻する。このしつこい「繰り返し」はとてもルビッチっぽい。会社の場面はボーナス支給日。それぞれトイレでこっそり見ようとして、便器に紙幣を落としてしまう同僚もいて可笑しい。その同僚はその後の騒動の中でも机の上で紙幣を乾かしていて、それぞれのキャラクターを無駄なく使い切ってるのが実に上手い。岡田がメモするボーナスで買う品物リストが切ない
小津のモンタージュは見事だ。的確で隙がない美しいモンタージュだ。計算されたポン引きがアクセントになっている。複数の人物のグルーピングも上手い。坂本武を守ろうと決起する場面の坂本とグループの的確な切返しは教科書のようである。
ロケが素晴らしい。岡田と菅原の一本道、高峰が退院して人力車と自転車で帰ってくる移動撮影、頻出する犬、など瑞々しいカットが並ぶ。セットとロケのマッチングでは自宅セットと庭が面白い。庭の柵の向こうは通行する人や子供達の二輪車がワイプする。
同じものを見上げる身振りが印象的だ。斉藤達雄の食堂を手伝うことで岡田と八雲恵美子は喧嘩になるが、二人がそれぞれ見上げると煙突のたなびく煙と翻る洗濯物が示される。ただそれだけで八雲は自分も食堂を手伝うと改心する。心情的な説明はない。決定的なのは二人が同じものを見上げた、同じ身振りをした、ということだ。小津が映画監督として天才的な証である。煙がたなびき、洗濯物が翻る、「風」の主題も考えさせられる。
サイレント映画で合唱=コーラスというのは挑戦的だ。本作では高峰が治ったものの金が底をついて絶望的な状況の中で家族で歌いながら手遊びをする場面が秀逸である。ラストはもちろん大合唱になる。
失業、恩師の飲食店は小津作品で頻出するテーマだ。本作は斉藤達雄のカロリー軒のライスカレーである。
カメラを腰高にして胴体だけがアウトする不思議なカットに子供達がインしてくる、子供の高さの待ちショットが珍しかった。
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