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累 かさねのmのレビュー・感想・評価

累 かさね(2018年製作の映画)
4.5
原作はかなり前に途中まで読んでいて、なんとなく途中で読むのを止めてしまったのだけど好きな作品だった。
自分が読んでいた部分の中でも最も好きだったのが今回映画化されているニナの部分で、このパートの中に物語のオイシイ要素を凝縮した脚色の構成は成功していると思う。


『不思議な口紅を塗ってキスすると顔が入れ替わる』という漫画的な大嘘を実写で成立させる為に、まずはタイトル前のシークエンスで主要登場人物達を直ぐに激しく衝突させて有無言わせず一気呵成にその現象を描写する導入部のやり方はたぶん正しい。
しかしここで早速この映画の問題点の一つが露呈する、主演2人の泣き叫ぶ激情芝居が空回りするのだ。なのでここで設定を呑み込むのと同時に心が少し離れもする(この物語の実写化にはこれくらいの過剰さが必要だというのもよく分かるのだけど)。
その後は1カットで顔の入れ替わりを見せる創意工夫を積み重ねて、大嘘に映画の中でのリアリティを持たせていくのは良かった。


累とニナの関係性がただ互いを憎み合うだけではない複雑さをはらんでいた原作に対して、映画は『女の嫉妬のドロドロバトル』に単純化されているのが歯痒かった。
ニナの傲慢さばかりが強調されていて、彼女の弱さを観客に見せない故に後半で視点が累からニナに変わった時に観客が彼女に感情移入しにくい。彼女達の対立だけが強調されてしまい、単純な闘いの構図になってしまった。前半を男を巡る嫉妬のバトルに絞ったせいで、2人の女優としての芝居への熱の印象が薄まった感があるのも個人的には不満だった。
ただこれらはこちらが原作に少しの思い入れがある故の不満でもあって、映画単体で観るとこれはこれでよくまとまっていて決して悪い映画ではないと思う(個人的にはあまり好きではないけれど・・)。


せっかくマネージャー役に浅野忠信を起用したのに、彼の淵への執着とやがては累に置いていかれる哀れさが一応描かれてはいるが弱いのも勿体無い。
オーディション場面で横山裕が土屋太鳳の芝居に心奪われる瞬間をアンリアルな演出にしてしまった事は、役者の演技と観客の想像力をあまりに信用できていないのでは?



つい不平不満をダラダラと書き連ねてしまったが、先述の通りこれはこれで決して悪くない映画だと思うし、美点もある。

2人の主演女優は巧い。
他者から『なんて醜いんだ』と忌み嫌われる設定の累を演じる芳根京子が、(なんならニナ役の土屋太鳳よりも)美人であるという矛盾は観る前から気になっていたけれど、実際に観てみると表情や姿勢や雰囲気で長年の抑圧の積み重ねで陰湿になってしまった女性を見事に体現していて驚いた。やはり美し過ぎるとは思う瞬間はあるが、それでも多くの時間でその矛盾を観客に忘れさせる芳根京子の女優としての巧さは御見事だった。

芳根と正面対決する土屋太鳳はニナの時の芝居に(これは監督の責任が大きい気もするが)無理して作ったある種の『型』が見え透いてしまうのが残念だった(そもそもこの役に合っていないとも思う)。しかし累と入れ替わっている時の演技は細やかで巧い。そして彼女の美点はクライマックスの「サロメ」の舞台上で大いに発揮される。ここでの舞踏とパワフルな演劇芝居は土屋太鳳らしい身体性が爆発していて素晴らしかった。

この2人とも入れ替わっている際の細やかな演技が巧く、女優としての技量と才能を大いに見せつけてくれる(なので先述の泣き叫ぶ演技の空回りがやはり惜しい)。


余り出番の多くない壇ふみが密かに良くて、古いテレビに映る舞台演技や鏡越しの笑顔には迫力がある。


撮影・照明がこの作品に見合った艶をきちんと有していて映画全体を支えていた事も記しておきたい。



「サロメ」の舞台の最中にドラマのクライマックスをまとめた事は良かった。ラストは女優2人の熱演と照明の効果によって、映画ならではの印象深い歪んだ終局になっている。
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