Inagaquilala

イカロスのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

イカロス(2017年製作の映画)
4.2
今年度のアカデミー賞(第90回)で、長編ドキュメンタリー映画賞に輝いた作品。スポーツ選手のドーピングにメスを入れた作品で、特筆すべき点は、アマチュア自転車競技の選手でもある監督のブライアン・フォーゲルが、自らのからだをドーピングにさらして、それがどのような効果をもたらし、同時にどんな危険性があるかを実証している点だ。しかし、さらにこのドキュメンタリーを貴重なものにしているのは、その「ドーピング実験」の過程で、ロシアのドーピング・スキャンダルの渦中の人物となるグリゴリー・ロドチェンコと知り合い、事件発覚後も彼と行動をともにして、彼の貴重な肉声を引き出しているところだ。

同じく第87回のアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を獲得したローラ・ポイトラス監督の「シチズンフォー スノーデンの暴露」(2014年)も、当事者であるエドワード・スノーデンに密着して、核心をつくインタビューを収めていたが、それと同様、IOCをはじめとする世界のスポーツ界を震撼させたグリゴリー・ロドチェンコの生々しい証言が、この作品「イカロス」には収録されている。ドキュメンタリー作品にとって、当事者への肉薄がいかに重要であるかを、あらためて認識させられた両作品だ。

作品の前半では、監督のブライアン・フォーゲルが、自らドーピングに挑戦する過程が収められているが、UCLAの専門家からロシアの反ドーピング機関の所長であったグリゴリー・ロドチェンコを紹介され、彼のコントロールの元で「実験」を始める。その結果は、思うような成果を得られなかったのだが、その最中に、ソチ冬季オリンピックでのロシアのドーピング問題が発覚し、その中心人物と目されていたロドチェンコが一躍、時の人となり、それと同時に事件の全容を知る彼は、身の危険を感じ始める。

監督のブライアン・フォーゲルは、ロドチェンコの航空券を手配して、ロシアからアメリカへと「脱出」する手助けをする。ロドチェンコがロシアの空港を離れる際の風景や、アメリカの空港に着いたときの彼の安堵した表情など、事件の渦中で撮られた映像には、ドキュメンタリー作品の真髄が現れている。そして、その後の世界を揺るがすロドチェンコの証言。作品の後半は、行動をともにしている者だけが記録できる貴重な証言と映像が余すところなく続く。

単なるドーピング実験として始めたドキュメンタリーの撮影が、国際社会を揺るがす作品に発展していく過程は、観ていても生々しく、関わった当事者たちの姿や表情を詳細に伝えてくる。そういう意味では、意図せざるところから生まれた作品ではあるが、十分に賞に値するものであることは言うまでもない。Netflixのオリジナル作品であるが、あらためてこの配信サービスが送り出すコンテンツのクオリティの高さを証明した素晴らしい作品だ。
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