サマセット7

007/ノー・タイム・トゥ・ダイのサマセット7のレビュー・感想・評価

4.1
ジェームズ・ボンドシリーズ第25作品目。
ダニエル・クレイグ版の5作目にして最終作とされる。
監督はTVドラマ「トゥルーディテクティブ」「闇の列車、光の旅」のキャリー・ジョージ・フクナガ。
主演は「ドラゴンタトゥーの女」「ナイブスアウト」のダニエル・クレイグ。

前作のボンドガール、マドレーヌ・スワンには、サフィンなる能面のテロリストに母親を殺された過去があった。
マドレーヌは、同様に悲痛な過去を抱える元MI6の諜報員ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)と蜜月を過ごすが、その生活は長くは続かず…。

ダニエル・クレイグ版ボンド最後の作品との触れ込みで、2億5千ドルから3億ドルという史上屈指の製作費をかけて製作された作品。
上映時間163分は、シリーズ歴代最長である。
日本公開初日のため、現時点では興行成績や一般的な評価は不明である。

エンタメに振り切ったシリーズにあって、ダニエル・クレイグ版ボンド4作は、フィジカルを活かしたアクションと、シリアスなトーンに特徴があった。
また過去シリーズの要素を引用しつつ、再構成し、現代的にアップデートして新たなボンド像を描こうとチャレンジしてきた点に、ダニエル・クレイグ版全体の狙いがあったと思われる。
今作は、ダニエル・クレイグ版の最終作として、これらの各要素の集大成となっている。

私の公開初日に観た感想は、お腹いっぱい、楽しませてもらった!!!!!である。

今作のアクションは、シリーズ最大、最長、最高のものだろう。
手持ちカメラを多用しつつ、決めるべきところはバキッと決まった、迫力あるアクション映像が、これでもかと連発される。
これぞアクションのフルコース料理。満腹になること間違いない。
特にカーアクションの充実は過剰なほどで、特筆に値する。坂や橋など、特殊な地形を活かしたカーアクションが随所に見られる。

また女性キャラクターたちのアクションは、これまでになくフォーカスされている。
もはや、ボンドガールの枠におさまらず、これがアメコミヒーローものなら、サイドキックと言われるような活躍ぶりである。
特に現役の00ナンバーエージェントとして華々しく登場するノーミ(キャプテンマーベルのラシャーナ・リンチ)と、CIAのエキセントリックな女性エージェント・パロマ(ブレードランナー2049のアナ・デ・アルマス)のアクションは、それぞれのキャラクターの面白さとキレッキレのアクションが融合して、大変魅力的。
今後のシリーズはこの2人メインでいいんじゃないかと思ったほどだ。

今作のストーリーは、シリーズの再構成、アップデートを図るダニエル・クレイグ版最終章に相応しく、これまでのシリーズのボンド像をぶっ壊すものである。
こんなボンドは見たことがない!!!の連続。
ここは明らかに好みの分かれるところだろう。
うるさ型のオールドファンも多いシリーズだけに、怒りだす人もいるかもしれない。
制作陣の蛮勇には敬意を表する。

今作には過去作のキャラクターも多数再登場し、新キャラクターも多い。
収拾がつかなくなりそうだが、たっぷり確保した尺を活かして、各人のドラマはしっかり魅せる。
特に面白く観たのは、先にも挙げたノーミとパロマだが、フェリックスやQらいつもの面々もキャラクターが掘り下げられている。

悪役のサフィンは、ボヘミアン・ラプソディの熱演が記憶に新しいラミ・マレックが演じる。
なかなかの存在感と哀愁を見せて、印象的なヴィランではあるが、終盤、やや不合理な言動が目につく。
全体としては、ストーリーを進めるためのキャラクター、という感じがしてしまう。

15年ボンドを演じたダニエル・クレイグは、もはや完全にジェームズ・ボンドそのものだ。
何をやろうとも、彼が演じることで、正典となる。
とはいえ、冒頭、彼がマドリーヌに疑いを抱く展開の不自然さ、不合理さは、もっと何とかならないかと思ったが。

しっかりとシリーズのお約束を踏んでくれている点や的確な音楽の使い方は、やはりテンションを上げてくれる。
このテーマ曲の威力は、やはり強い。

今作には面白い映像表現がたくさん観られる。
いくつかの自然光を活かしたシーンは、とても美しい。
特殊な地形を活かしたシーンも多く、ロケには相当力を入れたはずだ。
終盤には、トンネルの中で振り返るボンドの姿が、有名な冒頭の銃口からの振り返り射撃シルエットに見えるシーンがあってニヤリとする。

今作のテーマは、ダニエル・クレイグ版ボンドシリーズの集大成、そして、次代への承継にあろうか。
新たな00エージェント、ノーミの存在は象徴的である。
他にも今作には、このテーマを象徴する展開がいくつもある。ご自分の目で確かめてほしい。

ノーミ、パロマ、マドリーヌら女性たちの活躍は多様性への配慮が感じられる。
特にアフリカ系女性のノーミのゼロゼロナンバー就任は、それ自体がメッセージである。
そもそも007というシリーズ自体が、古典的な白人男性の考える「オトコの理想像」の具現化であるため、多様性の要請との食い合わせは悪い。
その制約の中では、健闘したのではないか。

今作の敵が使用を企む最悪の兵器「ヘラクレス」には、任意の者及びその血縁者に感染する性質がある。
この性質は、究極的に民族の絶滅を可能にする、との劇中の説明がある。
現代社会で考えられる究極の悪とは、レイシズムであり、ナチズムであることが示唆される。

ラストの評価は難しい。
何にせよ、エンドクレジットが終わるまでは、席を立たない方がいい。

ダニエル・クレイグ版ボンドの最終章にして集大成たる、超弩級のスパイ・アクション超大作。
5作品見て、ダニエル・クレイグは、私の中では、シリーズ最高のジェームズ・ボンドになった。
次作は一体全体どうするつもりなのか?
楽しみにしたい。

追記
ダニエル・クレイグ版5作品について、クリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作と比較するのと面白いかもしれない。
いずれも長い歴史があり、ポップアイコン化したヒーローに、リアルでシリアスな描写と哲学的とも言える自己言及性を加えてみせた、という点で、共通点がある。
3作目、4作目の監督サム・メンデスがダークナイト3部作を参考にしたという話もある。
差し詰め、ジェームズ・ボンドのスパイとしてのオリジンを語るカジノロワイヤルと慰めの報酬はバットマンビギニング、鏡像関係の敵との戦いにより自己の本質と向かい合うスカイフォールはダークナイト、そして、過剰に勢力を増した敵との最後の戦いとヒーローの黄昏を描くスペクターと今作は、ダークナイトライジング、といったところか。

自己言及性について考えると、今作は、ジェームズ・ボンドとは一体何だったと言っているのか?
今作には、シリーズの掟破りと言えるような展開が山盛りだ。
これまでジェームズ・ボンドを定義していた、様々な要素が剥ぎ取られていく。
それでも残ったものは何か。
ボンドの印象的なセリフの中にヒントがあるかもしれない。
それは、スタイル、心構え、あるいは、前へ進む意志と言うべきものなのかもしれない。
そこに意志がある限り、ジェームズ・ボンドは帰って来る。