Kuuta

欲望のKuutaのレビュー・感想・評価

欲望(1966年製作の映画)
4.4
おもろい!60年代スウィンギング・ロンドンを舞台にしたオシャレ不条理劇(邦題やポスターとは全然違う印象)。音楽にハービーハンコックとヤードバーズ=ジャズとロックを採用したことからも分かるように、「偶然が浮き彫りにする現実」を追い求める話だ。

ヌーヴェルバーグ的なテーマとも言えるが、アントニオーニは街のダイナミズムをそのまま切り出すのではなく、むしろ建物や公園の自然を抽象化したオブジェのように捉え、その間を自信なさげに動く人間の不確かさを浮かび上がらせている。ふとした瞬間に人工物がガラクタに感じられ、揺れる木も風も虚無的に映る。そんな感覚が映像になっている。すごい。

ファッションカメラマンとして活躍する身勝手で自由な男が、公園で偶然あるものを撮影してしまい…というあらすじ。冒頭、白塗りのゾンビを模し、反戦運動に熱狂する若者達には、ないものがあるよう見えている。黙々と通りを歩く労働者とは対照的だ。

我々の知覚能力の頼りなさ(肉眼とファインダー越し、当事者と傍観者の違い)を、今作は嫌というほど示してくれる。撮影する側の不安定な肉体を引きのショットで収めつつ、画角は斜めになったり、鏡で反射したり。ラストはカメラの動きだけで、無いテニスボールがあるように見える。自分には何が見えて何が見えないのか、曖昧になってくる。

編集のルールの破壊。労働者の一員のように見えた男が、シーンが変わるとロールスロイスに乗っている違和感。終盤、男が上を見上げるとカメラも上にパンするから、主観ショットに切り替わったように感じるが、実際は客観視点が維持される。

カメラを通した疑似セックスに興じていた男の認識にヒビを入れるのが「心霊写真」なのが凄くいい。撮れてしまった、見えてしまった以上、こちら側に戻ってくることは出来ない。「知覚できるものだけが現実」だと信じていた男は、あの写真を撮った時点で呪われている。中心を失った彼に出来るのは、世界をどこまでも小さく切り刻み、虚像を通して「何もない事」を知り続けるだけ。最後に、諦めたようにその現実を受け入れる。

(写真を引き伸ばすシーンがシンプルに楽しい。ブレードランナーを思い出した)

「自分には妻がいる。いないんだけど。娘がいる。嘘だけど」。次々と流行が現れては消えるロンドンで、彼はリアルを求め、かえって虚無に沈んでいく。ヤードバーズの演奏に微動だにしない観客が、ジェフベックの投げたギターのネックには熱狂する皮肉。その後、路上に捨てられたネックに見向きする人はいない。

言い換えると、世界にはポロックの絵のように「点しかない」。その感覚に巻き込まれていく男の姿を、散文的な映像で表現した作品と言える。

男が抽象画について説明されるシーンがあるが、バラバラな虚像が推理小説のように繋がり、一つのイメージに見えてくる。女もネガもボールも死体も消える筋の無い話にも関わらず、そこに意味があるように見えてくる。映画の定型を脱構築する事で、その本質を描き出すポストモダンな手法。「無意識への欲望」に囚われた男の感覚を、観客が追体験できる傑作だ。87点。
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