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ボーダーライン:ソルジャーズ・デイのmのレビュー・感想・評価

4.9
一線越えた『あちら側』に対して最後まで何もできない健全で無力な女性主人公を配するというあざとい意図の構成やどこか俯瞰的な演出の視点のせいか、前作は正直良くも悪くも頭でっかちな作品だったと思う。それに対して今作は決まった型から外れてより複雑になり、作り手の視点は地に足着いて、既に一線を超えた『あちら側』の人々の傍で血と泥にまみれた悪戦苦闘を冷静に見つめる。


物語は麻薬戦争からテロとの戦争もはらんだより大きな意味での『戦争』の縮図というか隠喩へと変化、脚本の構成はより野心的になった。
気を抜いていると聴き逃しそうな感じで中盤でさらりと明かされる驚愕の事実によって、トランプ的価値観も嘲笑って映画内の登場人物達の行動原理が完全に無化されるその攻めた展開が素晴らしい。その無意味さこそが『戦争』であるという冷めた視点。
某映画サイトで『トランプ政権支持者が喜びそう』と書いた批評家の方がいたが、この映画はそうした思想は全く無意味であると嘲る立場にあるのでその点は安心してほしい(ただよく観ていないと分からないのかも)。修羅場の中で法を超えた判断を下していかざるをえない(そしてその事に疑問を抱かない)主人公達の傍に映画は寄り添うが決して彼らを肯定する訳でもなく、理不尽に回る世界のシステムとその中でもがく人々をシビアに描いている。
麻薬カルテルと不法移民の関係や思わぬ所で絡むシングルマザー(?)の存在、と世界の裏側で渦巻く新たなビジネスモデルを淡々と見せていくのも印象深い。


主人公が活躍する明快なクライマックスのカタルシスも登場人物達のドラマの帰結もさらりと無視して、既存のドラマツルギーを破壊していく所に今回の脚本の凄味がある。
最後に残るのは情でも希望でもなく、ただただ拭いがたく無意味な闇と死だけ。恐るべしテイラー・シェリダン。



監督が交代したのが観る前は少し不安要素だったが、冒頭すぐのスーパーマーケットでのテロの長回し演出ですぐにステファノ・ソッリマ監督の手腕に信頼を置けた。
厭な緊張感、長回しとフレームインの美学。
初めて監督作品を観たけれど、この監督は良い。
続編映画である事を踏まえた主役2人の登場演出と、新顔の女の子の一発で人間性を分からせて観客の興味を引き寄せる登場場面。人物の登場のさせ方に一工夫ある映画はやっぱり信頼できる。


撮影も良くて、特に空撮ショットはお見事。終盤の2機のヘリと2台の車のショットは高密度で息を呑む程素晴らしい。


俳優陣では主役2人の良さは言わずもがな。デル・トロさんは相変わらず死が服を着て歩いているような佇まいをしている。
「トランスフォーマー 最後の騎士王」では全く活かされなかったイザベラ・モナーが今回遂に完璧に活かされていて、肝の据わり切った(とはいえ殺し合いの中では怯える)女の子を見事に熱演。デル・トロさんとの無言の切り返しでも全く負けていない。3作目があるなら是非彼女にも続投してほしい。

アレハンドロとマット、そしてアレハンドロとイザベル間のさらりとした感情の交流の描き方には湿っぽいベタつきは無く、しかし確実に仄かな情が漂う。アレハンドロの過去語りになりそうでならない、絶妙な脚本・演出・演技の匙加減。そのドライさが良い。聾唖の男性の存在も味わいがある。


故ヨハン・ヨハンソンの跡を継いだ作曲家(元々ヨハン関係者だったらしい)の仕事も堅調で良い。ラストは前作同様ヨハンの「The Beast」が不穏に高らかに鳴り響くが、今回の方がこの曲が似合っていると感じた。
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