大島育宙

騙し絵の牙の大島育宙のレビュー・感想・評価

騙し絵の牙(2021年製作の映画)
2.9
人を出し抜いたり騙したり、有名人を意外な形で起用することが1番「面白い」と思っているなら、それは文学史や雑誌文化を軽視してるな〜と思った。

吉田大八が我々に見せてくれた虚実の皮膜のエンタメ映画での「嘘」っていうのは、もっと理に落ちない「これは夢なのか?現実なのか」?とか「人間ってなんで嘘をつくんだ?」というモヤモヤしたものだったはず。同じく嘘を描き続ける西川美和が円熟していくのに反比例して、今回の吉田大八の「嘘」は古沢良太的な薄味のトリックものになってしまった。本作に出てくる人たちが嘘をつく理由はどれも社会人としての納得できる嘘で、クヒオ大佐や『紙の月』の横領犯のような人間的な襞はどこにもない…。

高野(松岡茉優)が速水(大泉洋)から離脱して起業するのも、危なっかしい考え得るような起業アイデアに過ぎず、彼女が本当に逆行するなら企画の枠組み・触れ込みの部分ではなくて「どういう作品を作るか」に焦点を当てないと、結局バズ狙いレースの広告・出版文化(速水そのもの)からは離脱できてないのである。彼女の企業も結局は消費者教育には至らないのでは?書店で「漫画、ダウンロードしたから見せてやるよ」と言ってた子供たちの価値観を変えないとダメ…。

ラスト、速水(大泉洋)がこちらに向かってドヤ顔で「たぶん、めちゃくちゃ面白いです」と言った企画、ただそれだけでは全然面白くないですよ。城島(池田エライザ)の才能の余り方と頑張り次第だけど、少なくともセンセーショナルな事件を起こした有名人の復帰後の作品をそれとして売れ出した場合に、期待値を超えて「めちゃくちゃ面白」かったことなんてこれまでないでしょ…

一時が万事そんな感じで、大御所作家への高野(松岡茉優)の批判に見られたような文学あるあるはほぼ出てこない…。文学の話でも出版の話でもないんだよなあ。社内抗争と営業テクニックの札見せ合戦。あくまで「文学」「出版」の話はずーっと後景でありました。

タクシーに乗る時の高野(松岡茉優)が原稿を落としてるのなんか初見から明らかだし、速水(大泉洋)が路地で後ろから声をかけられたのなんて、それ自体は何の意味もないそのために捩じ込んだ場面。わざわざもう一回見せてドヤることで何かのトリックだったかのように見せて騙せてしまう観客の愚かさよ。トリックでもなんでもないよ。

途中まで観ていて「『蜜蜂と遠雷』とか『舟を編む』みたいな話かと思ってたのに、『SCOOP』みたいな話だな〜」と思っていたらドヤ顔のリリー・フランキーが出てきた時のガッカリ感。もういいよ…。曲者でリリーを使うな。もっと言えば大泉洋の起用も既視感だらけだよ。

吉田大八は速水みたいな人だったのかな〜?
と遡求的にがっかりした悲しみ。

■面白かったシーン
・吉田大八的な映像の快楽は、高野(松岡茉優)がセスナを追いかけてぶつかりかけて倒れる瞬間とかだよ。
・会議中にかかるBGM、時計の秒針を数倍速にしたような音が入ってて気持ちよかった。
・言語を操る仕事としての二階堂への速水のプレゼンのシーンが最高。