ちろる

幸福なラザロのちろるのレビュー・感想・評価

幸福なラザロ(2018年製作の映画)
3.7
ラザロは、キリストの友人で死から蘇った人物の名前。
「夏をゆく人々」のアリーチェ・ロルヴァケル監督が“もし聖書のラザロが現在に生きていたら…”という寓話をイタリア社会にはめ込んで作ったとても異色作品。

純粋ゆえに周りの人々を追い詰めてしまうラザロはとても怖い存在だ。
あまりにもピュアな魂は普通の人の心さえも狂気に変えてしまうという皮肉さがここにはある。
そもそも純粋無垢ではあるが、人につい悪事を働かせてしまう彼の無垢さは周りの人を成長させることはなく、はたして彼は聖人なのだろうか?と疑問符がつく。

ラザロ役を担ったアドリアーノ・タルディオーロの存在感が、その形、視線、そしてその無垢さがラザロそのもので、あまりにもはまっていたのが素晴らしい。

社会から遮断されたイタリアの小さな村。そこの農民らは小作制度が廃止も知らずに未だに侯爵夫人から搾取されていた。
搾取されるだけの農民が狂言誘拐により自由を手に入れる、幸せの入り口のようなな始まり。
しかし解放された農民が自由を謳歌するのではなく、結局のところ街で窃盗や物乞い生活を凌ぐことになる現実の過酷さや、ラザロが純粋さ故に犯罪に利用させられやがて向かえる顛末は、現実社会の過酷さと“無垢を貫くことの難しさ”を示唆する。
農民たちは何も知らずに搾取されてる時の方が結局は幸せだったのだろうか?

見ていて苦しくなるほどのラザロの純粋無垢さも恐ろしいが、伯爵夫人とタンクレディが若いときか死ぬまでずっとクズのままで本当に憎らしい。
こういう奴らは、死ぬ間際に騙した人間が走馬灯のように映し出されてもきっと反省などしないのだろう。
世の中にはいつの時代もあの手の人を騙す事を
何とも思わない恐ろしい人間が大勢いて、皮肉にもそういう奴らが資本主義社会を動かしている。

描かれるのはこれでもかというくらい残酷な現実社会だが、命を吹き込む狼など、聖書の物語を当てはめているのであくまでも寓話風にしているのが唯一救われる。

結局、貧しさ故に罪を犯す訳だが、それでもラザロは最後まで純粋無垢のままで、その魂は穢れていない。
人を疑わず、信じぬいて残酷なラストを迎えたラザロは幸せだったのだろうか?
「幸福なラザロ」というタイトルからは想像もつかないような展開に呆然とさせられっぱなしだが、真の幸せとは何か?という疑問にたどり着く。
全体的に苦痛を伴い、しかも淡々とした映像で正直退屈だったが、しばらく時間が経ってからふと思い出しそうな作品ではある。
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