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マッチポイント(2005年製作の映画)
3.7
 会員制テニスコートの面接現場、元プロ・テニス・プレイヤーのクリス(ジョナサン・リース=マイヤーズ)は自信満々な表情で自らをプレゼンする。アイルランド出身の彼は、自分の人生を変えようと、心機一転イギリスのロンドンへやって来ていた。勝負への執念に負けていたと話す彼は晴れて、会員制サロンでのテニス・コーチの職を勝ち得る。上流階級の人々へのコーチングは昨日までプロのライセンスを持っていた彼には随分手緩い。やがて上流階級の御曹司であるトム・ヒューイット(マシュー・グッド)が彼にコーチングを依頼する。昼食の席で、クリスがオペラ好きだと知ったトムは、明日の夜に父アレックス・ヒューイット(ブライアン・コックス)が主催するオペラの観劇会に招かれる。ヒューイット家の家族が総出でクリスに自己紹介するが、トムの妹であるクロエ・ヒューイット(エミリー・モーティマー)だけは満更でもない表情を浮かべている。オペラ歌手のステージを前に、気もそぞろなクロエは後ろに座るクリスの方をチラチラと振り返る。翌日、トムが習うテニス練習の現場にクロエがやって来る。当時、三十路をとうに過ぎたエミリー・モーティマーの少女のようなファッションが可憐な印象を残す。純白のTシャツにセクシーなミニのスカート、癖の強いラリーでも食らいつくクロエの姿に、クリスは恋をしてしまう。

 ブルジョワジーなヒューイット一家の末娘と野心家のクリスの身分不相応な恋は成り行きで盛り上がる。当初、クロエの母親であるエレノア・ヒューイット(ペネロープ・ウィルトン)はクリスのことを快く思っていないが、愛娘クロエの恋の情熱に負け、2人の恋仲を許さざるを得なくなる。クリスにとっては何よりヒューイット家の家長であり、投資会社の経営者である父アレックスに存在を認められたことが大きい。父親は娘を幸せにしてくれるなら、クリスへの投資を惜しまない。下世話な言い方になるが、生まれながらに階級が厳密に区分けされるイギリス社会において、男たちにとって唯一の人生の逆転の手段は逆玉の輿しかない。『シング・ストリート 未来へのうた』のように、目の前に大英帝国を臨みながら小国であるアイルランドに生まれて来た若者には、明るい未来など殆ど残されていない。『トレインスポッティング』の若者たちのように一か八かの賭けを強いられるはずのクリスは、クロエに惚れられたことにより、トントン拍子に惨めな労働者階級のレイヤーから、飛び級で上流階級へと駆け上がる。文学好きのクリスが思わず呆気に取られるアレックスの書庫の圧倒的物量のインパクトと自身との対比。ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいたはずのクリスが、次の瞬間『ドストエフスキー入門』を読む様の滑稽さは、彼にとってハイ・カルチャーへの認識が所詮その程度にしか過ぎないことを観客に明らかにする。

 それ故にというか、行き掛かり上とも言えるが、そもそもヒューイット家とクリスではあまりにも住むレイヤーが違い過ぎる。上流階級の中で、最終決定権を持つ姑の迫害を受けた女と、愛娘の庇護を受けるクリスとは、一家のつまはじき者として互いに尋常ならざる傷を互いに舐め合う。女優としての夢をエレノアに木っ端微塵に砕かれたノーラ(スカーレット・ヨハンソン)は大雨の中、ヒューイット家の別荘の庭を彷徨う。ストリンドベリの本を探しに部屋を出たクリスは、雨に濡れたノーラの姿を見つけ、大雨の中愛し合う。大雨の下の情事の後、男と女の間の絶望的な温度差が何ともウディ・アレンらしい。行き掛かり上関係を持った女はそれ故に彼のその後の猛アピールを拒絶する。しかし運命の歯車に導かれた2人は、皮肉にも二度目の再会を果たす。最初は電話番号など教えるつもりも無かったが、何度倒れてもへこたれない上に、クロエの前で電話番号を強請る男の姿に女は根負けする。情緒不安定を理由に、妊娠で揺するファム・ファタールの描写も暗いが、それ以上に中盤から心底屈折した表情を見せるクリスの描写が心底クズで居た堪れない。一見、緻密に練られた物語のように見えるが、その実、レミ・アデファラシンの構図は今一つ登場人物たちの欲望に肉薄しているとは言い難い。後半1時間のサスペンス描写も冗長で今一つハッキリとしない。とはいえノーラ・ライスを演じたスカーレット・ヨハンソンの若き日の輝きに今作は支えられる。不倫の代償を背負いながらも、孤独な叫びを続けるヒロインの願いは宙に浮いたまま叶わない。バナー刑事のアシスタントして登場するダウド捜査官(ユエン・ブレムナー)が圧倒的な存在感を放つ。
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