マインド亀

オオカミの家のマインド亀のレビュー・感想・評価

オオカミの家(2018年製作の映画)
4.5
崩壊と再生、変容を繰り返す、恐ろしくも美しい精神世界の物語

●アップリンク京都の平日昼間回に観に行ったのですが、満席でしたね!何ヶ月か前に観たこの『オオカミの家』のわずか15秒程度の予告動画が、あまりにも衝撃的で、ずっと頭に残ってしまいました。多分誰でもそれを見たら、早く本編を観たい!ってなっていたことでしょうね。
ずっと楽しみにしていた本編ですが、同時上映の『骨』も含めて、これまた予告以上にヤバすぎました。予告以上のヤバさは無いと想像してたのですが、全く持って想像以上!
よく悪夢の映画化!というような薄っぺらいコピーのホラーは多くありますが、本作こそが『悪夢』を語る資格があると思いました。もう他のホラーは『悪夢』のコピーを使っちゃダメ(笑)
というか、『悪夢』そのものであり、この強烈なイメージは観たものが本当に『悪夢』の続きを見てしまうような、かなり凶悪な映画だと思いました。

●この作品については、出来ればですが、パンフレットを購入したほうが良いと思われます。こちらのパンフレットに寄稿されている方々は
中野京子さん(「怖い絵」著者・ドイツ文学者)
土居伸彰さん(ニューディアー/アニメーション研究・評論)
松田英子さん(東洋大学社会学部心理学科教授)
新谷和輝さん(ラテンアメリカ映画研究)
と、多面的にこの映画の背景や考察を書いてくださってるので、めちゃくちゃ勉強になります。
そして共同監督のホアキン・コシーニャ監督とクリストバル・レオン監督の濃厚なインタビュー、そして『オオカミの家』製作10箇条、音楽担当クラウド・バルガスさんの音楽制作のルールも掲載され、大変読み応えがあります。
是非今からご覧になられる方はご購入をオススメいたします!

●まず持ってこの映画はビジュアルアート、オーディオビジュアル作品として作られており、驚いたのは、公共施設で実寸台のセットを組み、制作風景を観客に公開しながら作られた、制作そのものもアートの一環であるということ。その場所も、チリ国立美術館や、サンディエゴ現代美術館のほか、オランダ、ドイツ、メキシコ、アルゼンチンにある10箇所以上の美術館を三年間渡り歩いて作られたということ。
よくそんな集中できない環境で作ったなあ、と思うのですが、もはや映画を作るのではなく、アーティスト活動の産物なので、その経緯そのものがアートという、普通の映画ではない作品なんですね。

●そしてその内容については、チリの政治やナイスをバックボーンに持つコロニア・ディグニダについては沢山の方が触れておられるのであえて書きません。
知っておいたほうが良いですが、まずはこの作品が同時上映の『骨』と同じく、ファウンド・フッテージモノであり、「支配者」からのプロパガンダという体で作られた作品なので、そのとてつもない悪意には全く救いがありません。
じわじわと精神に侵食していく恐怖の世界が、「家」や壁に塗りたぐられた「絵」、そして張り子の「人形」に崩壊と再生、そして変容していく様が、強烈に網膜に焼きつけられます。
そしてたちが悪いのは、それらが時折美しくもあり、人によっては引き込まれていくかもしれません。実際に時折張り子のマリアに何か魂のような存在、そして色気を感じる瞬間もあり、身震いしてしまうのです。
そして結局、支配される側が、全く抜け出せないマインドコントロール下に、さらにその下のものをマインドコントロールしていく負のループが描かれるのです。
これがまた、本当に当事者だけの話なんでしょうか。
「マリ−ア…、マリ〜アぁ」という、「支配者」が発する猫撫で声のような誘惑の声は、どの国にも、我が国にも支配者が振るうアメとムチのメタファーのように聞こえるのです。
そしてこの声は割と忘れられずいつまでも脳内に響きました。
結構ヤバいです…
あとこのサウンドデザインもヤバい。制作過程で鳴る「素材の音」が基本で、その素材に合う音、その素材を想像できる音を使うという決まりで作られたこだわりの音なのですが、それらが集まると完全に何かの有機体の音になってしまっていて、本当に気持ちが悪い、ような…、心地よいような…不思議なサウンドデザインでした。

●とにかく、悪夢をみる、ということは寝ている間にたくさん見た夢の中で鮮烈に負の感情と結びついて覚えている夢が悪夢となって記憶に残ること。この映画は、悪夢に集中して「体感」出来るとんでもない映画なのです。これを映画館という環境で観ない手は無いと思います。是非観てください!ヤバい体験ですよ!
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