Inagaquilala

火口のふたりのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

火口のふたり(2019年製作の映画)
3.6
白石一文氏の小説の映像化は珍しい。記憶の限り、これまでほとんどなかったように思う。それはたぶん白石作品の濃密で巧みな心理描写が、映像化する際にかなり難関のハードルになるからだと考えられる。その困難な作業に挑戦したのが、手練れの脚本家でもある、荒井晴彦監督だ。この作品が監督としては第3作目になるという荒井氏は、この難易度の高い白石作品に、原作にも勝るとも劣らない密度の濃い描写で挑戦している。

退職、離婚と、公私共に破綻している主人公。故郷の秋田に戻ったが、かつて交際していた女性の結婚を前にして、彼女とただならぬ関係に陥ってしまう。すでに年を重ねてきた女性にとっては、これが最後の家庭を築くチャンスかもしれない。「一度だけ」という女性の言葉に反して、2人の思いはかつての若さに身を任せていた時代へと戻っていくのだった。内容的にも情事の場面が多いため、なかなか映像にバリエーションをつけにくいのだが、監督の荒井晴彦は、それを逆手にとって、肉体のつながりから精神の宇宙へと飛翔してく男女の危うい姿を紡ぎ出していく。「火口」というメタファーが何を指すのか、そのことを考えながら、スクリーンに見入ってしまった。それは、自分が白石氏の小説の愛読者でもあるということも影響しているとは思うが。
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