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野性の呼び声のLCのレビュー・感想・評価

野性の呼び声(2020年製作の映画)
4.1
面白かった。

ある犬さんが、人や環境に翻弄されながら生き抜く物語。とてもシンプルなのだけれど、多様な景色の中で躍動していて飽きない。
ちなみに犬さん、無事です。

その犬さんは、最初人に飼われた状態で登場する。飼われているとはいえ、奔放である。
どうやら居住地域では地位のある人の飼い犬であるらしく、奔放にされても他者は迂闊に叱れない。そういう環境で、良く言えば、のびのびと過ごしていた。
しかしある日、攫われて、武器を手にした人には敵わないと知る。見慣れない場所で、知らない人に買われ、その先で犬ぞり要員となる。
犬ぞり構成員の中では1番後輩で、ボスは威厳(恐怖とも言う)を以って他の犬さんたちを統率していた。
冒頭で描かれるこれだけのことでも、その犬さんには「人」「他の犬さんたち」「環境の変化」がことごとく敵、或いは壁と呼ばれる、抗いがたい理不尽な存在として立ちはだかる。

本作、主に躍動するのが犬さんなので「自分たち人」とは切り離して見てしまえるのだが、私は彼に終始感嘆させられていた。
理不尽な物事が襲いかかってくる中で、犬さんは犬さん自身を見失ったり、疑ったりしないのである。
もちろん、「棒持った人には敵わない」と現実を認識する能力は有しているのだが、だからって無力感に支配はされない。真っ向から勝てないのなら、人には追いつけない速さで走ればいいじゃない。心はヒビ割れないが木はメキッと。
この強さがあったからこそ、彼は「呼び声」に素直に従えたのだろう。
これが人だと、今の何だ?気のせいか、と逡巡した挙句なかったことにしたりするわけで、そんな煩雑さ無く見られるのは犬さんのおかげと言える気もする。

犬ぞりの本来のボスは、これも立派なボスで、パワータイプではないものの、きちんと人の指示を守ることができ、他の犬さんたちを従わせることができ、ちゃんと「職人(犬)」とか「ボス」としてのプライドも持っていた。
ただ、パワータイプで心優しい新入りが、犬ぞり構成員の支持票を集め、きちっと決闘で勝ってしまった。それだけのことであった。
新たなボスとなった犬さんが、では犬ぞり構成員をその後守り抜けたかというと、やはり理不尽な状況の中で悔しい結果を突き付けられる。
守るべき者を守り通せなかったのだ、やはり彼も完璧なボスではない。
そんな彼が、これで何度目になるのか、立ち上がり、歩き続ける。

犬さんを理解し、大切にしてくれる人もいる。
そういう人に、犬さんは忠誠と呼ばれるような、友と呼んでもいいような、そのような姿勢で接する。
その人は、犬さんにもっと広い世界を見せてくれた。犬さんは大いに惹かれ、夢中になるが、それでもその人の元に帰った。
その人は、しかし、どこまでも犬さんのことを「対等な友」のように考える姿勢を貫いた。お前の気持ちはどうなんだ。生きたい場所があるなら、そこで生きる自由も強さも、手繰り寄せて獲得してきただろう。

主人のことを第一に考えたり、それこそ全体のことを自己のアイデンティティにしたりせず、あくまでも「自分の望む」道を歩く。その選択をする為の忍耐と、闘いと、出会いと、別れ。気持ちがあたたかい何かで満たされる方へ。いつでも自分でいること。
「犬の話」と、まるっきり自分から切り離して見ることをやめた時、これ程力強くこちらを見つめてくる作品も、なかなか味わい深い気がする。

犬さんたちの駆け抜ける姿も、表情も、毛並みも、何から何まで魅力的に映してくれるが、様々な景色も同じくらい魅力的。
他者に人生を委ねず、生き抜こう。そのメッセージをただ受け止めて、私は私の場所で歩いていこう。
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