これはどういう風に捉えるべきか
眠りたいなら死ねばいい、なら不眠症で死にたい人を主人公にしたら面白いという発想を、あまりに悲しくて暗いニュースが多い今、自分は素直に受け止めきれなった。なんというか、子供が持っている無垢ゆえの残虐性というか、そういうものに近い芸術性は、かなり堪えるものがある。そうだ。この映画はそんな無垢な発想をキチンと美しい「芸術」に昇華させてしまっているから、逆に痛々しいんだ。
眠れなくてずっと起きているレミは、なにが夢でなにが現実か区別ができるのかと問いかけられる。
そんなことが、本当に重要なのか?
死は自由だと。
本当に死は自由なのか?
現実でも夢でもどっちでもいい、大事なのはクオリアがあるかどうかじゃないのか?感じることができるなら、それだけでいいじゃないか。
死は自由ではなく、やっぱり「無」だよ。
私は、そんなことを伝えてくれる映画だと解釈したい。