天豆てんまめ

浅田家!の天豆てんまめのレビュー・感想・評価

浅田家!(2020年製作の映画)
4.6
映画「浅田家!」シネマエッセイ

今と未来を見つめる優しい眼差しを
私は決して忘れない。

私は映画を観終わった後、しばし放心状態だった。

ただ屋外の空気に触れて気がついた。

なぜか視界がくっきりしているように感じ

そして街が活き活きと鮮やかに見えて

行き交う人たちが何とも愛おしく感じられるような不思議な感覚。

景色が変わるはずはなく

でも見える景色が変わって見える。

それはある人の眼差しを

心に焼き付けたからかもしれない。

写真家の浅田政志を演じた二宮和也の眼差し。

思えば二宮和也という役者にはいつも特別な眼差しがあった。

イーストウッド監督作「硫黄島からの手紙」で見せた虚空の眼差し。

「母と暮せば」で見せた切なくも無垢な眼差し。

「浅田家!」では彼が今まで見たことのない眼差しを見せてくれる。

幾つもの喜び、悲しみ、慈愛に満ちた眼差し。

家族の想いを一身に受けファインダーを覗く時。

東日本大震災のあの姿を目の当たりにした時。

津波で泥だらけになった写真を洗浄している時。

そんな彼の眼差しと共に

彼を包む家族や仲間の眼差しもまた温かい。

浅田家の長男で政志の兄を演じた妻夫木聡。

弟に振り回され「困った奴だ」と思いながら

憎めない弟を何かと全力で手伝う兄 笑 

等身大の兄を自然に想いを滲ませて演じる

妻夫木聡が素晴らしい。

母役の風吹ジュンの優しく大きな

何という晴れやかな存在感。

夢に走る政志にその‘重み‘を諭しながらも背中を押す姿にぐっとくる。

そして父役の平田満からは癒し感が溢れて

ひとしお息子たちへの愛の深さが沁みるが

私は政志が父と2人で語らう場面が好きだ。

「父ちゃんは、なりたかった自分に、なれとんの?」

「ん~ん、全然なれとらんなぁ…そやけど、今の父ちゃんにも誇れることはある。息子二人を、健康に育て上げたことや…政志は、なりたい自分になれたらええなぁ」

なりたかった自分になれた人も

なりたかった自分になれなかった人も

自分の人生を丸ごと愛して楽しんでいく。

全ての人の人生を肯定してくれる優しい物語。

政志の幼なじみの若菜を演じた黒木華や

出版社社長の池谷のぶえも政志の写真に

「いいものはいい!」と信じ抜いてくれる。

そんな「人を信じる力」が奇跡を呼ぶ。

政志と共に津波で泥だらけの写真を洗浄し持ち主に返す青年役の菅田将暉は最初彼とは気づかないほどいつもと全く違う表情、雰囲気だ。

’あの場で感じた喪失感と無力感’から放たれる彼の嘆きに心が震えた。

また共にボランティアをする渡辺真紀子も「チチを撮りに」から中野量太監督作品には欠かせない人間味溢れた力強い印象を残す。

津波で行方不明の娘を探す父親の北村有起哉や、震災で父を失った少女もまた素晴らしい演技を魅せ心が鷲掴みにされる。

あの日の無数の方々の想いが心から溢れて、嗚咽を止められなかった。

そんな「浅田家!」の家族や、写真に撮る家族や、被災地で出会う方々との絆を紡いでいく彼の姿を眺めているうちに

力がすっと抜けていくような感覚になった。

忘れがちではあるけれど、いつも家族に守られながら生きていた。

ただその想いを大切に、その想いに触れて、繋げて生きて行けばいい。

そんな風に言われたような気がした。

コロナ禍において

以前のように上昇志向だけでは前には進めない。

いったい私は何がしたかったんだろう。

自分の一番大切なものって何だったんだろう。

幾度ともなく浮かんだ問いにすっと答えが出たような気がする。

浅田家では“家族写真の撮影”を心底楽しんでいる。

たとえ写真集が誰の目にも触れなかったとしても

かけがえのない時間は決して色褪せるものではないだろう。

コロナ禍の後、そんな家族の何気ない時間が

決して当たり前のことではないことがわかってしまった。

だから彼らの日常が余計に愛おしく心を揺さぶる。

どうなるか先が見えない世だからこそ

いつ会えるかわからない家族に想いを寄せて

希望を抱いて今を思い切り楽しむこと。


「浅田家!」は今、まさに観て欲しい映画だ。


きっとあなただけの眼差しが見つかる映画

劇場を出る時にどんな場面が脳裏に焼き付けられるだろうか。

映画の場面や過去の記憶がオーバーラップして

幼かった頃のこと。

家族との思い出。

見果てぬ夢。


きっとあなたにとって一番大切なものが

心の奥の深いところの真ん中で

シャッター音が鳴り響いて

永遠の記憶として焼き付けられるはずだ。




「カシャッ!」




※家族と写真がテーマということで写真も掲載しているため

文面最後のnoteのURLからもエッセイをご覧頂けたら嬉しいです☺️

シネマエッセイと共に私の父のささやかな写真展を掲載しています。

父は写真大好きで写真展によく出していたのですが

パーキンソン病になってから今は長い間シャッターを押していません。

息子ながらとても素敵な優しい写真を撮ります。

いつかもう一度シャッターを押せる日がくることを願って。

https://note.com/qone0205/n/n9fbfcba972c6

中野量太監督の「浅田家!」の優しさは

今、日本中の多くの方に必要だと思う。‬