アニマル泉

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
ウェス・アンダーソンの新作。シネフィルらしい映画愛で尋常ならざる趣向を凝らしている。冒頭にフレンチ・ディスパッチ社の全景が正面から捉えられてボーイが出前の飲み物を届けに階段を登っていく。このショットに「壁」「高さ」「正対」の主題がまず出揃っている。本作は雑誌フレンチ・ディスパッチ最終号の体裁で4篇で構成される。
【自転車レポーター】サゼラック記者(オーウェン・ウィルソン) トップカットは架空の街アンニュイ=シェール=ブラゼの朝の無人のロングショット、地下から水が湧き出し、一気に人や猫が次々に現れてあっという間に朝の営みで画面が埋まる。アンダーソンは「一気に」「あっという間に」事が起きる。自転車レポート番組なのでサゼラックはカメラ目線で語りかける。色使いが素晴らしい。黄色、青色、配色が計算され尽くされている。自転車と並走する横移動撮影が強調される。セットごと横にズラして場面転換するのも面白い。シンメトリーな厳格な構図、ワンカットだけの贅沢な過去の街の再現、小道具のこだわり、箱庭的世界観、完全主義。キューブリックや小津を彷彿とさせる。
【STORY#1 コンクリートの確固たる名作】ベレンセン記者(ティルダ・スウィントン)「壁」が主題である。収容所の閉鎖的な壁、ベレンセンが講義するスクリーン、劇中劇の書割りの壁、そしてフレスコ画の大作が描かれる壁だ。天才画家ローゼンタール(ベネチオ・デル・トロ)と看守シモーヌ(レア・セドゥ)の場面は白黒でシンメトリーな引きショットとカメラに正対するアップのみでシンプルに描かれる。関係ショットはない。セリフも少ない。グリフィスのサイレント映画のようだ。シモーヌがカラーになるのはラストカットだけだ。モデルと画家、二人の距離感が面白い。二人が触れ合うことはない。看守と囚人、モデルと画家、常に距離を置いて「見る」「見張る」関係になる。ローゼンタールが筆でシモーヌに触れるとはたき落とされる、切返しはお互いカメラ目線で編集される、情事の場面も逆さまのツーアップでそれぞれカメラ目線で話す徹底ぶりだ。二人が繋がるのは電気椅子の電流、ローゼンタールが監視窓から覗くシモーヌの口に入れる賄賂のチョコレートなのが面白い。アンダーソンはジャンプカットが鮮やかである。例えばラストのお披露目でローゼンタールが画商カダージオ(エイドリアン・ブロディ)を襲う場面、恐怖のカダージオのアップに直結して、皿を投げてカダージオを車椅子で追うローゼンタールの移動ショットだ。オフショットも面白い。バーでの殺人場面は唸るローゼンタールからカメラはローゼンタールを追うのではなく、反対方向に肉を卸している調理場を写し、肉の血が飛びちるなかでオフでローゼンタールの殺人の音がかぶる。本作は「群衆」も主題である。このSTORY#1は囚人、STORY#2は学生、STORY#3はギャングと警察だ。STORY#1ではクライマックスが囚人たちの脱獄になる。ここもローゼンタールが鍵を抜くと「あっという間に」囚人たちが扉を突破して溢れ出る。面白いのはそのあとの暴動がストップモーションになる。役者たちが全員で「だるまさんがころんだ」式に動きを止めて撮影されたとのことだ。さらに「断面図」という主題もある。飛行船が断面で描かれるショットだ。アンダーソンはセットの壁をすり抜ける横移動ショットなど「セットばらし」が好きだが「断面」も好きだ。STORY#3では監禁される少年と見張る娼婦を扉を挟んだワンショットの「断面」で描いている。STORY#1ではシモーヌが英語とフランス語を使い分ける。テキストの情報量がおびただしい。さらに画面分割があり、ナレーションもかぶるので、画面、テキスト、音の洪水になる。護送車が疾走する狭い道、博物館からトラックバックするラストショットなど、縦の動きも随所で効いている。
【STORY#2 宣言書の改定】クレメンツ記者(フランシス・マクドーマンド)5月革命ならぬチェス革命と恋を描く。カメラに正対するショット、音楽の中断などゴダールを彷彿とさせる。ここでも学生と警察の衝突は「あっという間に」始まる。STORY#2で強調されるのは「高さ」だ。ゼフィレッリ・B(ティモシー・シャラメ)は海賊電波塔を昇っていく。RKO映画のタイトルパックのような電波塔と、まさにタイトルバックさながらに電波を放出する悲劇が感慨深い。
【STORY#3 警察署長の食事室】ライト記者(ジェフリー・ライト)ライトがテレビインタビュー番組に出演しているという枠組みである。ライトの声がいい。ライトは突然カメラ目線で観客に語りかける。フェリーニを彷彿とさせる。箱庭的、ミニチュア的なセットもフェリーニ的だ。冒頭から警察署の廊下の縦構図が重なって強調される。次は横移動で次々と部屋をワンカットですり抜けていく。そして高さだ。署長の一人息子ジジの誘拐場面は天井から侵入して気球で逃走する。会計士アバカス(ウィリアム・デフォー)が捕まる場面、無人のロングショットでアバカスが隠した鞄を回収した途端に次々と車と警官が現れて「あっという間に」逮捕される。ジジの居場所を吐かせるためにギャングを警察が拷問する場面、縦長の机上を奥からカメラ前までグラスをなぎ倒してギャングを滑らせる、飛行機からギャングを落下させる。人質救出の場面、伝説のシェフ・ネスカフィエ(スティーヴン・パーク)が任務を果たして、一気に壁を爆破して警察が突入、しかしジジは運転手ジョー(エドワード・ノートン)に連れ去られる。ここからアニメの追走劇になり、縦道の疾走、屋根に登っての脱出、海辺への墜落となる。全編、縦の奥行きや高さの垂直の運動が活きいきと展開される。

役者が豪華だ。実力派がズラリ揃っている。本作では、白黒/カラー、スタンダード/シネスコ、演劇、アニメなど表現手段が自由自在なのも特筆される。
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