アニマル泉

ヴェルクマイスター・ハーモニー 4Kレストア版のアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
146分でわずが37カット。タル・ベーラが7時間半の大作「サタンタンゴ」に引き続きクロスナホルカイ・ラースローの小説「抵抗の憂鬱」を映画化した。
トップカットはストーブの火、本作は広場の焚き火、暴動の火事、さまざまな火が燃え盛る「火」の映画だ。最初の場面は踊りである。ヤーノシュ(ラルス・ルドルフ)が酒場の男たちを地球、太陽、月の自転や公転の回転に見立てた踊りで天体の運行を演出する長いワンショットだ。男たちが無音でひたすら回転する。「サタンタンゴ」を彷彿とさせるオープニングである。本作のタイトルのヴェルクマイスターは18世紀に12音階の調整を確立したオルガン奏者だ。本作では音楽や天体を律する調整がテーマになっている。
ベーラの街は無人だ。そしてベーラの世界は湿度が高い。地面がぬかるみ、煙が画面を覆い、人々の息が白い。空は曇天、あるいは夜。巨大なトラックの影がゆっくりと迫ってくる。「ニーチェの馬」もそうだが街のあちこちで暴動が起きているというセリフが終末観を煽っていく。本作が決定的なのはその暴動、群衆、破壊をオフではなくオンで描いている事だ。巨大なトラックの中身は鯨だ。広場に群衆が集まっている。ヤーノシュはトラックの中でサーカスの団長と声と影のみのプリンスの内部分裂を盗み聞く。プリンスが群衆を煽動する。逃げるヤーノシュの走り、アップの長回し、ベーラの十八番だ、やがて街の外れまで辿り着くと背後の街の夜空が暴動の火で燃え上がる。さらに病院襲撃の長いワンショットの破壊、破壊。ヤーノシュはエステル夫人(ハンナ・シグラ)に利用された男だ。秘密組織、謀略、裏切りは「サタンタンゴ」と同じテーマである。ヤーノシュは反乱軍に追われる身になる。線路の上をひたすら走る長いワンショット、上空からヘリコプターが追ってくるのはヒッチコックの「北北西に進路をとれ」が想い出される素晴らしいショットだ。本作は戦車、ヘリコプター、鯨などの巨大な装置がベーラにしては異例である。
「走り」とともに「歩き」はベーラ印の主題だ。「サタンタンゴ」の強風で枯葉やゴミが舞う中を歩く男たちの後ろ姿を延々と移動撮影で追ったショットのように、本作でもヤーノシュが歩き回り、前から後ろから延々と長い移動撮影で捉える。なかでもヤーノシュとエステルの横からのツーアップの長いワンショットが印象的だった。
冒頭の男たちの無音の回転ダンスとともに忘れがたいのがエステル夫人と警察署長がラデツキー行進曲で踊る長いワンショットだ。警察署長は拳銃を突き上げながら、エステル夫人も呼応して指を突き上げながら、抱き合って回転する。官能的で狂ってる。その直後は警察署長の小さな息子二人が暴れまくる。ヤーノシュの手に負えない。何故かこの場面もレコードのラデツキー行進曲が同期して時々針がとんで曲が停滞する。狂気と破壊がのちの群衆の暴動を不気味に予感させる。
本作でも鐘が響く。ベーラらしい。
白黒ビスタ。
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