幽斎

レ・ミゼラブルの幽斎のレビュー・感想・評価

レ・ミゼラブル(2019年製作の映画)
4.6
ミュージカルで有名な「Les misérables」原作者Victor-Marie Hugoのタイトルを冠した本作。原題の意味は「哀れな人々」奇しくも現実が体現された「モンフェルメイユ事件」をベースに市井の人達に沸き上がる「慟哭」を鋭い眼差しで炙り出す。

カンヌ映画祭審査員賞、アカデミー外国語映画賞ノミニー、セザール最優秀作品賞。カンヌはベルリン、ベネチアと違い社会的メッセージの強い作品が選出される。過去「ロブスター」「ラブレス」「存在のない子供たち」国内の矛盾を人種問題に置き換えて他国に分り易く伝える工夫も凝らされてる。怒りや虚しさと言った多様な衝突が、真正面から骨太に浮かび上がる。

劇場で予告編を見た時は「絶望を描いた作品」かと思ったが、初見はDenzel Washington主演「トレーニングデイ」を彷彿とさせる作風に驚く。私の大好きな「警察24時」的なドキュメンタルで分り易いアプローチ。警察にリサーチする必要が無い位、雑多な案件が日常的に起きる。人種の坩堝で有れば法律や法令、条例など守らない方が茶飯事で「ルール」と言う言葉を改めて噛み締めるシーンが続く。

日本は殺人犯でも人権は尊重され、裁判に依って罪は裁かれる。フランスの隣国イタリアは少し違う、マフィアが暗躍した様に「法」が通用せず「正義と情」を重んじるお国柄故に「毒薬変じて薬となる」を警察も取り入れる。同じ様にフランスも現場に委ねる事が多く「蛇の道は蛇」を随所に覗かせる。Jake Gyllenhaal主演「エンド・オブ・ウォッチ」パトロール活動に「トレーニングデイ」ルーキーとベテランの衝突など社会の本質を見せた上で、サスペンスの横顔も魅せる。平たく言えば社会性と娯楽性が上手く共存してる。

Ladj Ly監督は「変人村」に出演する変わった経歴の持ち主だが、西アフリカに位置するマリ共和国出身。国旗で分るがフランスの植民地で、日本では「スーダン」と言った方が分り易いかも。子供の頃にパリ郊外モンフェルメイユに出稼ぎとして家族で移り住むが、2005年パリ郊外暴動事件以後はドキュメンタリー監督の道を歩む。2017年の短編「Les Misérables」セザール賞にノミニー、日本では無名だが著名なプロデューサーChristophe Barralの協力で長編として作り直した。短編のリメイクでもリブートでも無く、自らにリプライした作品と言える。

秀逸なのは警官versus市民の視点で物語が進む途中で、市民側の視点を「分散」させる事で、今度は警察側の問題点を浮き彫りにする。市民、街の実力者、子供達、情報屋を登場させる事で警官を俯瞰する新しい角度が登場「警察官だって一市民なんだ」と言う事を明確に提示する事で「俺がルールなんだ!」と市民に吠えてた警官も、実は混迷する社会の被害者で有る事を台詞無しで観客に伝えてる。

作品の中で主人公が消失すると言う、演出上ハイレベルなレトリック。対立が警官versus市民から不特定多数に移行する中で「トレーニングデイ」のプロットも意図的に崩されてく。視点が「主眼」に切り替わるが、対立構図は変わらないので「誰に感情移入するのか」と言うロジックが消えてる事に気付かない。観客は「トレーニングデイ」を観たつもりが、何時しかブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」を見せられてた。ミステリー小説の様な見事な心理転換に最大級の賛辞を惜しまない。

日本で公開されたのは2020年2月28日、その頃フランスでは警察官を盗撮する事は犯罪である、と言う法案を審議。一方で捜査を隠蔽するモノとして反対運動も起きた。その最中2020年11月25日、白人の警官が黒人の音楽プロデューサーに暴言を浴びせ、殴る蹴るの様子を捕らえた防犯カメラ映像が流失して、市民に依る大規模デモに発展。法案は警察への告発を阻害する懸念が浮上、パリ中心部で約4万6000人を動員するデモに世論も同調。結局法案は修正を余儀なくされた。

映画の出来事が現実世界でアップデートされてしまう。5万人近いデモなんて完全に国家レベルの社会現象。これを「レ・ミゼラブル」と言わずして何とする。警察を含めた公務員と政治家、対する移民や黒人を中心としたマイノリティの溝の深さは底無し沼。本作では「誰の原因で?」と言う答えは提示されない。後は考えてくれ、そんな低レベルの示唆では無く、きちんと見れば張本人は透けて見える。私は冒頭のワールドカップ優勝に湧くフランス国民が、雑多な人種を映し出した暴動に見えた。答えはもうお分かりですね?。

フランスと言う国は建国以来、国内的にも国外的にも「闘争」の歴史の国。日本ではオシャンティーなイメージだろうが、内情は闇鍋の様にドロドロ。NATOにもワルシャワ条約機構にも加盟せず、ソ連とアメリカ双方のパイプを持つ世界最強のバランサーとして、他国の干渉を一切嫌う自主独立の国。少なくともJacques Chirac大統領の頃までは、大国としての面目を施す国だった。しかし、Nicolas Sarkozy大統領が就任、アメリカが掲げる「新自由主義」を受け入れて、内外共に大きく変貌する。

時系列は前後するが日本では小泉内閣、イギリスではTony Blair首相と時を同じくしてSarkozy大統領は規制改革の名の基に、国有企業を民営化して海外資本が国内に介入する政治を推し進めた。結果、大企業は躍進し株価も上昇、表向き景気が回復してる様にも見える。実態は労働層と経営側の格差が広がり実体経済と消費動向がミスマッチする現象が続く。EU加盟でリーダー国として積極的に移民を受け入れ、貧富の格差は建国以来最悪の事態に陥り「本物のフランス人」が社会的に追い詰められ、結果的に内政は荒廃した。何処かの国の未来に見えませんか?。

François Hollande大統領は富裕層から税収を確保する政策に転嫁。失業対策も有り一時的だが内政は好転、シリアのISを空爆するなど、威信を回復する面も有ったが女優との不倫が発覚し失脚。現在のEmmanuel Macron大統領はSarkozy大統領以上に富裕層を優遇し移民問題を放置するなど国内での反マクロン運動は無視出来ない規模まで高まる。混乱の張本人が誰か?異論のある人は居ないだろう。だから「レ・ミゼラブル」なのだ。

侵害される側?、力を持つ側?、傍観する側?。他人事では無く貴方にも出来る事が有る筈です。
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