シャチ状球体

アトランティックスのシャチ状球体のレビュー・感想・評価

アトランティックス(2019年製作の映画)
4.2
親から決められた結婚、支払われない賃金。

セネガルの首都カタールを舞台に、厳しい労働環境と根強く残る家父長制の中で何とか生き延びながら恋愛関係を続けていこうとするエイダとスレイマン。
説明台詞の少ない詩的な表現が特長で、何か大きな出来事が起こる時も、それ自体が映されるのではなくそれを受けた登場人物の心象風景とナレーションだけを用いて心に訴えかけてくる。

また、抽象的なメタファーを用いることで登場人物の実在感や主体性が生まれ、同時に受け手が自分事として受け取ることができる。
エイダが親に決められた全く興味のない人との結婚式で道を歩くシーンも、エイダの表情は映らない。生者にこの地獄のような社会を今すぐ変える力はないし、画面を覆うのは怒りや悲しみより遥かに巨大な諦念。

代わりにこの映画が試みるのは死者による復讐だ。復讐と言っても襲ったり攻撃するのではなく、大量の労働者を死に至らしめた権力者のもとに現れて自分がしたことの重みと責任を感じさせるための連帯を行う。

死んでしまった人を想うことは未来への懸け橋を造っていく行為であり、エイダ達が主体性を取り戻すために必要不可欠な対話でもある。死者の声を聞いて何がその人達を死に追いやったのか、これ以上死なせないために何をすればいいのかを追い求めていく。
この社会を変えるためにまず何から始めていけばいいのかを繊細かつ静かなトーンで教えてくれる映画。
シャチ状球体

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