イルーナ

生きるのイルーナのレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
4.5
誰もが知る世界の巨匠・黒澤明の代表作の一つ。
今日、NHKにて放送されることを知って観てみました。
観る前の印象としては、テーマがテーマだけにガッツリ泣かせに来る作風だと思っていたのですが……
これがお涙頂戴と真逆の作風で驚いた!

まず、冒頭のナレーションからして、いきなり突き放しにかかってくる。
「これはこの物語の主人公の胃袋である。噴門部に胃ガンの兆候が見えるが、本人はまだそれを知らない。しかし今、この男について語るのは退屈なだけだ。なぜなら、彼は時間を潰しているだけだ。彼には生きた時間がない。つまり、彼は生きているとは言えないからである」
何とも人を食った出だし。しかも病院の待合室で隣にいた男から、医者は胃ガンを「ただの胃潰瘍」と伝えてくると教えられ不安に襲われたところ、まさにその通りに告げられるというさらなる食い方。
本作はよくお役所仕事への風刺から語られますが、命を扱う病院ですら、人を人と扱わないお役所仕事。
ガンの宣告は今でも重いものですが、当時は今と比べ物にならないくらい重かったはず。
しかし、実際の病名を伝えないって当たり前に行われていたんでしょうか……?今だったら問題になりそう。

ここから市民課長・渡辺さんの長い葛藤と彷徨が描かれる。
仕事一筋で生きてきた彼には、お金の使い方や遊び方が分からない。
酒場で出会った作家に連れられて歓楽街に繰り出すのですが、当時のパチンコやキャバレーといった文化や風俗の描写が興味深い。
戦後すぐでもこんなハイソな文化があったんだ。
しかし、渡辺さんの心は晴れない。涙ながらに歌う「ゴンドラの唄」が痛ましい……
次に出会ったのは、市役所を退職するつもりでいた女性・小田切とよ。
歳の差ありまくりの女性とデートに繰り出す姿は、家族からしたら当然異様なもの。
彼女がおもちゃ工場に転職した後も粘着して気味悪がられますが、「あなたも何か作ってみたら」とウサギのおもちゃを見せられたことで天啓を得る。
隣で誕生日パーティーをやっていた一団の「ハッピーバースデー」の曲をバックに、渡辺さんはついに新たな一歩を踏み出した。


ここまで来たら、目標のために頑張る渡辺さんの姿が描かれていくのかと思いきや……


何と、そこからいきなり渡辺さんの通夜に時間が飛ぶ!
「ハッピーバースデー」の直後にこれだからマジで面食らう。
そこから市役所の面々が、渡辺さんの噂やら手柄の所在やら縄張り意識やら、好き勝手に語り始める。
酒も入ってヒートアップしていくのがなおさら俗っぽい。
それだけに、仕事ぶりを見ていた同僚や、公園の嘆願書を出していた奥様方、渡辺さんの最期を見届けたお巡りさんの姿が尊い。
見てくれる人はちゃんと見てくれるんだなって……
そしてあまりにも有名な、完成した公園のブランコに乗りながら口ずさむ「ゴンドラの唄」のシーン。
長年ただ流される生き方しか出来なかった渡辺さんが、初めて自分の役目を見つけてやり遂げた、まさに「わが生涯に一片の悔いなし」の解放感。
前半で死の恐怖と絶望から涙ながらに歌っていたのとは真逆の、美しい対比です。
こうして市役所の人たちも、渡辺さんの最期の生きざまを知って改心した……


と思いきや、ラストでは結局元の木阿弥というシニカルさ!
ですが、現実でもどんなに感動的な話を知って悔い改めようと思っても、次の日には大抵ケロッと忘れてる。
ここがすごいリアルですし、単なる感動作で終わらせなかったからこそ歴史に残る作品になった。
それでも、渡辺さんが残りの人生をかけて作った公園には子供たちの笑い声であふれている。
そこからは、未来への希望が感じられるはず。

いやー、感動とシニカルのバランスがすごい名作ドラマでした……
イルーナ

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