こたつむり

死刑台のエレベーターのこたつむりのレビュー・感想・評価

死刑台のエレベーター(1958年製作の映画)
3.7
舞台は1958年のフランス。
街は癒えても心には傷跡が残っている…そんな時代に窮屈な居場所を壊して逃げようとする男女二組の物語。

サスペンスの名作!
と伺って鑑賞しましたが…主眼は“犯罪”ではないのですね。愛の物語であり、失意の物語であり、虜囚の物語でありました。だから、杜撰さが際立つ犯罪部分は物語を象る“雰囲気”作りの一環なのです。

また、角度を変えて考えてみれば。
その“雰囲気”が重要な映画とも言えましょう。
現在の視点で鑑賞してしまうと、サスペンスとして際立つものは見当たりませんが、それでも惹きこむ力があるのは、この“雰囲気”が特異な物語に仕立て上げているからだと思います。

そして、この“雰囲気”を作っているのは。
犯罪部分だけではなく。
些細な日常場面も重要な要素だと思います。
例えば、電動鉛筆削りが珍しくて、何本も鉛筆を削る電話交換手。本線上で気軽にUターン出来る高速道路。カフェでクロワッサンとコーヒーで朝食をとる風景。そして、守衛室の電源を落とすとエレベーターの電源も落ちる仕組みも同様に。

そんな日常と非日常が交差したところに。
本作の魅力が凝縮されているのだと思います。

さらにはメインを務める女優さん。
このジャンヌ・モローの“雰囲気”も重要でした。
特に愛しき人を捜して街を歩く彼女の姿は、冗長なまでに尺を取っていますが、これが後から活きてくるのですね。特に最後の場面を迎えてから思い返せば、万感胸に迫るかと思います。とても巧みな構成です。

但し、先にも書きましたが。
犯罪部分はあくまでも“雰囲気”作りの小道具。
ここに拘り過ぎると、物語に前のめりになれないと思います。

というわけで。
“雰囲気”がとても重要なのですから、本作のリメイクを日本で製作しても…きっと、違った作品になっていると思います。僕は未鑑賞なので言及できませんが、評価だけを一瞥するにそう思いました。やはり、フランスの“雰囲気”と日本の“雰囲気”は違いますよねえ。冒頭の電話の場面で「ジュ・テーム」と言うところからして、もう濃度が違いますもの。
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